表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

226/238

226 反省の朝

私は頭を下げている浩二さんを見ていたけど、手に持っている洗剤を思いだしてまずは洗濯機を回してしまおうと、洗剤を投入してスイッチを押した。棚に洗剤を置いて手を洗ってタオルで拭いてから、浩二さんに向きなおった。


浩二さんは私が何も言わずに動いているのを、顔だけ上げて見ていた。なにやら複雑な心境が表情に現れている。その浩二さんの顔に私は手を伸ばした。手が触れると「冷たい」と、浩二さんの口から言葉が漏れた。


「当たり前でしょう。水で手を洗ったんだから、冷たくなるわよ。それより、あまり眠れなかったのね」


目の下の隈をそっと指先でなぞる。浩二さんは返答に困ったような顔をしている。それとも触れる指先が冷たいのが嫌なのかもしれない。


「眠れるわけないだろう。自分のしたことを考えて嫌気がさしたよ」

「そんなに気にしないで。私も昨日は和彦のことでかーっとしちゃって、浩二さんに暴言を吐いたと思ったもの」


浩二さんから視線を逸らして言った。二人にも反省してほしいと思ったけど、私もね、反省はしないとね。


などと思っていたら、浩二さんに手を取られてしまった。


「麻美が怒るのは当たり前だよ。謝ったからって、そう簡単に許してもらえると思ってないよ」


真剣な顔でのぞき込むように見つめてくる浩二さんから、一歩下がってしまった。そうしたら手をつかんでいない浩二さんの右手が腰に回って引き寄せられてしまった。


「ちょっと、浩二さん」

「麻美、もう俺のことが嫌になってしまったのか」


間近に迫った浩二さんの顔に、私の眉間にしわが寄った。自由になる左手で浩二さんの胸を押した。されるがままに浩二さんは、私から手を離して一歩下がった。そしてショックを受けたような顔をしていた。


「麻美」

「近いってば」


物理的に近いので浩二さんから離れたかっただけだけど、思った以上に浩二さんがショックを受けてしまったようだ。う~ん、どうしようかな。あのままだと済し崩し的にキスする流れになって、うやむやになりそうだったから牽制したんだけど。それとも睡眠不足で頭が回っていないのかしら。


「浩二さん」

「麻美はやはり俺と結婚したくなくなったんだよな」


・・・えーと、どうやら千鶴のお小言が効きすぎたみたいだ。眠れなくて考え過ぎて思い詰めた? みたいな?


「そんなことないわよ」

「嘘だ。麻美はもう、俺のことなんか・・・」


私は浩二さんに抱きつかれて、その背中をぽんぽんと叩きながら浩二さんの言葉を聞き流しながら考えていた。さっきも思ったけど、浩二さんからお酒の匂いがするのよね。浩二さんはあまりお酒に強くない。いつも家で飲むのは缶ビールを2本くらい。それプラス缶酎ハイを1本とか。酎ハイはいつもゆっくりと味わうように飲んでいたのよね。


昨夜は私が部屋を出た後、そんなに飲んだとは思えない。ということは、私に話しかける前に飲んだと見た。あの部屋に持ち込んだものは、缶酎ハイと焼酎とブランデーだったはず。この匂いはブランデーではないから、もしかしたら焼酎を景気づけに割らずに飲んだとか?


・・・酔っ払いかよ。


あたりをつけた私は、浩二さんを宥めて床の間の部屋へと連れて行った。隣の布団の和彦は・・・ぐっすりと眠っているようだ。


「浩二さん、まだ時間が早いから眠ってください。朝食が出来たら起こしに来ますからね」


にっこりと笑って布団をかけて浩二さんを寝かせた。そのまま立ち上がって離れようとしたら、腕を引っ張られた。あれ? と思う間もなく浩二さんの腕の中にいた。


「寝るのなら、麻美と一緒に」

「えっ、待って。んっ! ううっ」


おい、こら、酔っ払い! キスをするんじゃない!


しばらくジタバタともがいていたら、唇が離れた。ついでに浩二さんの重みが増した気がする。・・・ではなくて、眠って意識がなくなったから、体重がすべてかかって重いのよ。何とか抜けだしたら、隣の布団から「クックッ」と、笑い声が聞こえてきた。


「起きてたんなら助けてよ」

「いや、それ、藪蛇だろ。というか、ここで始めんのかよって、思ったよ」


シレッという言葉に、浩二さんにお酒を飲ませたのはこいつだと確信をした。なので、私からも意趣返しをさせてもらおうじゃないの。


「まだ6時前で早いから、和彦ももう少し寝たら」

「・・・そうさせてもらうよ」


私が乗らないからか、和彦は虚を突かれたような顔をした。それに返事に精彩を欠いている、ような気がした。私は襖を閉めきる前に「そうそう」と言った。


「あんたさ、当分うちには出禁だからね」

「えっ? なんで」

「私は言わなかったんだけど、母からの言葉で父さんが察したみたいでさ、怒っていたんだよね。この分じゃ克義おじさんにも話すんじゃないかな。一応私は止めるけど、めちゃくちゃ怒っていたしねえ。無理だと思うのよね。というわけでさ、反省しろ! バカ彦!」


トンと襖を閉めて私は台所へと向かったのでした。



朝食を食べた沢木家の面々はそれぞれの仕事をしていました。父と私は9時を過ぎたところで明日のためにほうれん草を取りに畑に行きました。


えっ? 浩二さんと和彦のことですか。もちろん母と千鶴にお任せしましたよ。私がいない状態で朝食を食べる気分はどうだったんでしょうねえ?


ええっ。怒っていますけど、何か?


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ