212 私が把握している親戚のこと・・・の前に
「待て、ちょっと待て。なんだそれは」
驚愕を顔に張り付けて和彦が聞いてきた。そんなにおかしいことかな?
「なんだそれはって、私から5代前までの親戚のことだけど」
「まさか家系図をすべて覚えているなんて言わないよな」
「そんなわけないじゃん。というか、うちに家系図なんてないよ」
「でも、十代続いているって言っただろう」
「あ~、それは~」
和彦から視線を逸らして頬に手をあててポリポリと掻いた。
「えーとね、うちの初代様の没年が安永だったんだよね。確か西暦にすると1770年頃だったかな。そこから考えると十代くらいかなって思うのよ」
「・・・適当だったんだ」
ジト目で睨むように見てくるから、私もにらみ返した。
「仕方ないじゃない。お寺に過去帳があったらしいけど、それも昭和30年代にお寺が火事で焼けちゃって無くなったんだもの。お墓の墓碑にはすべては書いてないみたいだったし。それでも初代の名前と没年がわかっているだけでも、すごいことなのよ」
「確かにそうだな。それを覚えている麻美はすごいよ」
「何を言っているのよ。まだ序の口じゃない。今言ったのはうちに来た人たちのことでしょ。村の親戚を話してないわよ」
「えっ? まだあるの」
「あるに決まっているでしょう。村の親戚は4代前に婿と嫁に行った家があるのよ。『おおまさ』さんと『こまさ』さんという家でね」
「ちょっと、待て。『おおまさ』は苗字でもおかしい・・・いや、おかしくないかもしれないけど、『こまさ』はおかしいだろ」
「何を言っているのよ。本当の苗字のわけないじゃない。屋号よ。屋号!」
「屋号? 屋号ってなんだ?」
「えーと、そうね、通称と言えばわかる?」
「通称か。まあ、それなら。というか、なんで苗字を言わないんだよ」
「苗字でなんか言えるわけないでしょう。みんな同じ苗字なのよ。西の方の川崎さんとか、上の川崎さんと言えとでも?」
和彦はポカンと口を開けて私のことを見てきました。
「同じ苗字? えっ、じゃあ、さっき言っていた、『岡』だの『宮竹』とかも?」
「あー、『岡』は屋号ではなくて、そこの地区の通称よ。だってさ『中島』の地域って広くて、上、中、団地、浜と町内が別れるじゃない。昔はその地区ごとに通称があって、岡は残ったんでしょ」
「じゃあ、『宮竹』は?」
「宮竹も西島も用宗も大谷も町名よ。藤枝と吉田なんて市と町の名前じゃない。静岡県民なら気がつきなさいよ」
軽く睨みつけたけど、和彦はそれに気づかずにブツブツと呟きだした。
「宮竹? 宮竹は確か東の方だったはず。西島は隣の町名で、大谷も大谷地区があったはずだ。大谷小学校のやつがいたもんな。用宗なんて、レアな地名でこれが苗字のやつなんているのか? たしか石部もその先。焼津に向かう大崩れの手前の地区名だったよな。藤枝、吉田は論外だろ。なんで気が付かなかった、俺」
和彦が、意外と各地区の位置を把握していることに、軽い驚きを感じた。けど、まだすべてを言っていないから、こちらは無視させてもらおうかな。
「和彦、町名の確認は家に帰ってからにしてくれないかな。まだ言い終わってないから」
「ちょっと待て。えーと、いまのが沢木家から婿と嫁に行ったという話だよな。4代前だったか」
「そうよ。あと他に祖母の兄嫁の実家と父の姉関連で親戚の家と、おおまささんからお嫁に行った人がいて、そことも親戚なのよね。うちの村の中の親戚は5軒だけなのよ」
「・・・うがー! わからん。紙! 紙に書いてくれ!」
「仕方がないなー」
私は立ち上がると、敷いてあった布団を押し入れに片付け出した。それを見ている和彦から声が聞こえてきた。
「しっかり騙されたよな。麻美は布団の中にいると思っていたよ」
「おっ! うまくできてた?」
「いや、普通風邪ひいて寝ていると聞かされて、布団が盛り上がっていたら、そこにいると思うだろ。まさかダミーを仕込むだなんて思わないだろ」
その言葉にニヤリと笑ってやる。布団の中に丸めた薄手の掛布団を入れておいたのよ。今回は克義おじさんと父に協力を頼んでおいたのよね。父もおじさんもなんか感じるものがあったらしくて、和彦のおびき出しに協力してくれたんだ。
クリスマスに顔を合わせないように逃げたと気がついた私は、これからのためにも和彦と話さないとならないと思ったのよ。きっかけは兄の言葉。私はただの同級生だと思っていたけど、周りに誤解を与えるような状態だったと気がついたから。これからの円滑な親戚付き合いのためにも、立場を明確にしておいた方がいいかなと思ったのよ。
そうしたら・・・まさか当人であるこいつまで、変な勘違いをしていたとは思わなかったけどさ。
布団を片付けてこたつを出した。その上に用意しておいたチラシの白紙とペンをおく。それから簡単に系図を書く。
まずは私と兄。そこから両親。祖父母、曾祖父母、もう二代前まで書いて『男 橋本から』『女 上から』『女 岡から』と注釈を書いておいた。それから祖母のところに『宮竹から』と、母のところに『小坂から』と書き込んだ。
それから『岡から』の代に、男の方に線を引き兄弟がいた線を引く。男と書いたほうに『おおまささんに婿入り』女のほうに『こまささんに嫁入り』と書き込んだ。
祖母のところにも線を引き、『兄 弥太さんのおばさんが嫁入り』と大浜のおばさんのところに子供として克義おじさん、それから後妻さんと和彦の母と父、そこから和彦と妹のことまで書いたのでした。




