207 あて名書きは苦手です *
1月の2週目の土曜日です。ただいま浩二さんと向かい合って筆ペンを走らせています。お互いに無言でリストの名前を封筒へと書いているのです。
午前に結婚式場に行ってきました。結婚式の招待状が出来上がったので、受け取りに行ったのですよ。式場では宛名書きのサービスがありましたが、もちろん有料であることと、どちらの両親も自筆ということにこだわってくれました。だけど、親が書いてくれるわけではないのよね。自分たちで書きなさいと言われました。
何とか書き終わったけどこんなに緊張するのなら、宛名書きもお願いすればよかったと思ったのは内緒ね。
書いたものを郵送するもの、親戚、友達、近所と分けてまとめておいた。浩二さんも同じように仕分けたみたい。
「麻美、郵送するのはどれだい」
「これなんだけど、本当にお願いしていいの」
「もちろん。月曜に投函するから」
浩二さんの仕事は郵便局員だものね。郵送するものに貼る切手も購入してくれることになっているの。
「親戚が二通と職場の友人が三通だったか。」
「友人というか、一人はお世話になった先輩なんだよね。すごくかわいがってもらったのよ。友達はどちらも変な縁があったのね」
「変な縁?」
「そうなのよ。一人は入社試験が一緒になった子でね、会社への赴任日も同じだったし、おんなじ事業部だったのよ」
「麻美が働いていたのって、確か会社の食堂などを受け持っているところだったか」
「そうなのよ。私も働き始めて驚いたわ。いろいろな会社に入っていたのですもの」
「確か、銀行の食堂や病院もだったか」
「うん。他にも公的機関の食堂とかやっていたのよ」
懐かしく思いだしながら答えていく。私が前に働いていた会社は他の企業の食堂を委託されて運営していたのよ。だから事業所があちこちにあった。私がこの会社を選んだ理由が、地元にも五つ事業所を持っていたことにあった。それもそのうちの二つは県庁と市役所の食堂だと、募集の案内に書いてあったの。面接の時に募集しているのは東京のほうだと書かれていたから聞いてみたのよ。地元に戻ることはできますかと。その時に『今はこちらに空きがないけど、そのうちに移ってこれるだろう』と、言われたのよ。継続して勤めることが出来るのならと、選んだ会社でもあったのよね。
でも、向こうで働いているうちに移ることが難しいことがわかったの。寮があるくらいだから、地方から出てきた若い子が多かった。みんな、ある程度東京の暮らしに慣れると、こちらの仕事を辞めて他の仕事に移っていった。でも、生活が出来なくなって地元に帰っていく子がほとんどだと聞いたわ。
そんな状態だから、東京の事業所はいつも人手不足だったの。移りたいなんて言える状態ではなかった。一応部長や事業所所長には話してはあったのだけど、現状では無理と言われていた。そこに母のことを知らされて、帰らざるを得なくなったの。
辞めることは不本意だったけど、その後のことを思えばこちらに移れても、一年もしないうちに辞めることになっていたと思う。なので辞め時だったのかもしれない。
「浩二さんの友達は高校の時の人だけと言ったわよね」
「そうだな。働きだしてからは、友達というよりやはり同僚という意識のほうが強いかな」
「職場の方には手渡しするのよね」
「ああ。麻美は親父さんと回るんだったか」
「そうなのよ。もうね、小さい時から知っている人だらけだから、あんまり行きたくないんだけどね」
近所回りをすることを考えて、げんなりとしながら私は答えた。それでなくても結婚が決まったことを父が話してから、会うたびに皆さんにいろいろ言われたのよ。それを再びなんだものー!
そんな私の様子に浩二さんは苦笑いを浮かべている。
「ところで高校の友達も呼ぶと聞いたけど、その人たちと麻美は会っているのかい」
浩二さんが疑問に思っていたようで、そう聞いてきた。確かに私が話すのは千鶴達のことばかりだったものね。
「もちろんよ。と言いたいけど、この前会うのをドタキャンしてから会えてないわね」
「ドタキャン? どうして」
「ほら、10月に酷い状態になったじゃない。あれで出掛けられなくなって、それ以降会ってないのよ」
「あの時か。薬の副作用とかで動けなくなった時の」
「そう、それ。次の水曜に会うんだけどさ~、憂鬱なのよ」
軽いため息を吐きながら言った。
「憂鬱?」
「そうなのよ。本当なら前回に結婚が決まった話をするつもりだったのが、流れちゃったからさ。きっと、言うのが遅いだの、相手はどんな人だのと、根掘り葉掘り聞かれるんだわ。それがめんどくさいのよ」
「めんどくさいって。ん? 水曜日?」
「ああ、三人のうち二人が水曜休みの仕事をしているんだよね。もう一人は今回休みを入れてくれたのよ。おかげで逃げられないわ」
「逃げられないって、そんなに嫌な人に会うのか」
「そうなのよ。恋バナ大好きな二人がいるから、躱そうとしてもがっつり聞き出されるに決まっているのよ!」
このあとしばらく私は高校の友人たちが、いかに恋バナに関して容赦がないかを話したのよ。浩二さんは頬を引きつらせて聞いていて、最後に小さなガッツポーズ付きで「がんばれ」と言ったのでした。




