204 下平家のご挨拶
私も下に行こうとしたら、最後に残った由美子姉さんに止められた。
「ねえ、麻美ちゃん。着替えをね、用意した方がいいと思うのよ」
「はいっ? なんで」
「さっき聞き忘れたけど、きつくないかな。崩れないようにと、少しきつめに縛ってしまった気がするのよね」
「大丈夫ですけど」
心地よい締め具合だと思うけどな。と帯を触りながら私は思ったの。その様子を見ていた由美子姉さんは軽く首を振った。
「やはり心配。今はこのあとのことを思って気にならないのかもしれないけど、終わって気が緩んだら気分が悪くなるかもしれないわ。家に戻る前に着替えが出来るように、お願いだから持っていってくれないかしら」
あまりに心配するので、私は安心させるつもりで着替えを用意した。それを紙袋に入れる。
「それじゃあ、忘れないように靴も一緒に入れておきましょうね」
由美子姉さんと下に降りて、靴箱からパンプスを取り出してビニール袋に入れてから、紙袋に一緒にしまった。
みんなが集まっている床の間の部屋へと行った。
「明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします」
部屋に入り正座をして頭を下げた。みんなからも「おめでとう」の返事が返ってきた。顔をあげて立ち上がろうとしたらおじおばに囲まれた。質問攻めです。
いや、だからさ、落ち着こうよ。どんな人なのかは、もうすぐ来るから。それで見てもらえば、話すより早いからね。
今日の親戚大集合。いつもならみんなてんでばらばらにうちに来ていたの。それが時間を決めて集まったのは、下平家のご両親から挨拶に来たいからと、要望があったからなのよ。
毎年二日に親戚が集まると浩二さんに話をしたら、ちょうどいいからその時に挨拶をしに来ると言ったのね。それを父がおばたちに伝えたのよ。おばたちは『本家の婿!』ということに盛り上がり、時間を揃えると言い出したの。そこに浩二さんから話を聞いた下平の義父から、自分たちも伺うことにしたいと連絡が入って、それを聞いたらいとこたちも来ると言ったとか。そうして親戚大集合になり、いまに至ると。
着付けを手伝ってもらえて助かったけどね、私は浩二さんたちが来るのを気にして落ち着かないのよ。気もそぞろで答えていたら、気がついたら男のいとこたちがそばに来ていた。
ひとしきり従兄弟たちに揶揄われ終わった頃に、玄関のチャイムが鳴った。私は立ち上がると急いで玄関へと向かった。
「どうぞ」
声をかけると扉が開いて、スーツ姿の浩二さんとお義父さん、お義母さんが入ってきた。
「明けましておめでとう、麻美さん」
「明けましておめでとうございます。ようこそお越しくださいました」
私は軽く頭を下げて挨拶をした。顔をあげて言った。
「どうぞ、おあがりください」
靴を脱いで上がってきた浩二さんが囁くように言った。
「皆さんは集まっているのかな」
「ええ。えーと、驚かないでね。かなりな人数だから」
こそっと囁き返したら父が姿を現した。
「下平さん、明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします」
「明けましておめでとうございます。こちらこそよろしくお願いいたします。皆様お集りのようですね」
「ええ、こちらまで声が聞こえてしまいお恥ずかしい限りです」
「いえいえ、にぎやかでいいことですよ」
和やかに会話をして、父が先導して床の間の部屋へと歩いていく。並んだ時にお義母さんが「麻美さん綺麗よ」と言ってくれた。「ありがとうございます」と返したけど、心の中では思っていたの。
(ありがとう、お姉ちゃん。お姉ちゃんたちがきてくれなかったら、もう少し不細工なお化粧になったと思うもの)
床の間の部屋に行くと、みんなは場所を開けて待っていてくれた。座卓の中央には祖母が座り両脇に長女と次女の伯母たち。その横に三女と四女の叔母たちが並んでいた。座卓の側面に弟の叔父たちがそれぞれ座っていた。それぞれの連れ添いはおばおじの後ろに座っている。いとこたちは続きの部屋になる、隣の部屋に座って待っていた。兄と母は床の間の部屋の縁側寄りに座っている。
床の間の部屋に入り座卓のところに案内された下平家。座布団の後ろに座ってから泰浩さんが挨拶をした。
「明けましておめでとうございます。本日は沢木家の親族がお集りになると聞きまして、ご挨拶に伺わせていただきました。私は下平泰浩と申します。隣にいるのが妻の博美と息子の浩二でございます。この度ご縁を持ちまして、麻美さんと私の息子の浩二が結婚することとなりました。これからどうぞよろしくお願いいたします」
泰浩さんと一緒に頭を下げる、博美さんと浩二さん。三人が顔をあげると目の前に座った祖母が口を開いた。
「丁寧なごあいさつをありがとうございます。孫のことをよろしくお願いしますね」
祖母の言葉におばおじの視線が祖母に集中した。普段口数が少ないうえに、最近は痴呆が進んで会話が成り立たないことが多いのに、今日はいい状態のようだった。祖母の様子に涙ぐみそうになったけど、下平家はそんなことは知らないのだと思い直し、気力でぐっと涙を抑えたのでした。




