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20 母の頼み事

私の誕生日から約一週間。偶然にも母と郵便局の集金の人との会話を聞いてしまった。


「沢木さん、先日の話ですが、うちのとこの若いのにあたりましたら、会ってもいいというやつがいるんですよ」

「まあ、本当に。是非お願いしたいわ」

「それで、希望としては婿養子でしたよね」

「ええ。でも、そこまででなくてもいいのよ。同居をしてもらえたら有り難いけど、近いところに二人で暮らしてくれてもいいのよ」

「ああ。大丈夫ですよ。婿養子に入ってもいいってやつがいたんです。こいつならかなりお勧めです」

「本当にそんな方がいるの。是非とも紹介していただけないかしら」


母が喜びの声を上げた時に、集金人の中野さんは私が廊下に立っていることに気がついた。


「お嬢さん、こんにちは。そういうことなので、日にちが決まったらお知らせしますね」

「はあー」

「では私はこれで」


中野さんはさわやかな笑顔を見せると、うちから出て行った。私はバイクの音が遠ざかるのを待って、母に詰め寄った。


「ちょっと、お母さん。いまのはどういうことなの?」

「どういうことって、ちょっと良い人がいないか訊いて貰っただけだけど」


母はそう答えるとすました顔で私の横を通り過ぎ、奥の部屋へと行ってしまった。私はすぐに母の後を追いかけた。


「なんで? 私にはつき合っている人がいるでしょう。勝手な事をしないでよ」

「うちに顔も見せに来ない人を、娘の恋人とは認めないよ」


表情を消して言われた言葉に、私は食って掛かりました。


「顔を見せに来ないっていうけど、来たって会わないって言ったのはそっちじゃない」

「会わないじゃなくて、会う必要がないと言ったのよ」

「同じことじゃない」

「いーや、違うな」


私の言葉に父が冷静に返してきた。私と母の言い合いが聞こえたようで、奥の部屋まで来たようだ。それに対し私はヒステリックに叫んだ。


「どこが違うのよ。会う気がないのなら、連れてきたって同じことでしょう」


私の顔を父は少し悲しそうに見つめていた。


「麻美、父さんはお前に聞きたい。お前は彼とつき合って楽しいのか」

「楽しいわよ」


反射のようにすぐに答えたら、父は溜め息を吐いた。


「お前は自分で気がついていないのか」

「なんのことよ」

「話にならんな。自分のこともわかっていないんじゃな」


父が何を言いたいのかわからない。私はこんなにも彼のことが好きなのに。


「悪いことは言わん。彼と別れなさい」

「なんで彼と会ってもいないのに駄目だっていうのよ」

「それは・・・お前の様子を見ていればわかる。とにかくなるべく早く別れなさい。それがお前のためだよ」


父はそう言うと私から離れていったのでした。



誕生日の翌日。両親に彼との交際のことを訊かれた。普通の交際をしていると答えた私に、両親は厳しい顔をしていた。その後口を開いた父に言われたのが。


「麻美、その男がもし挨拶に来たとしても会う必要は感じんからな」

「なんでよ。順調な交際をしているのに」

「お前はそう思っているかも知れんが、俺にはそうは思えん」

「どこがよ」

「麻美。かわいい娘の交際相手を親が知りたいと思うのは普通なことだろう。それなのにお前に話を聞くだけで、一向に会いに来ようとしないだろう」

「それは・・・まだつき合い始めたばかりで」

「そういうが、もう4カ月もつき合っているじゃないか。真剣な交際だと云うのなら、顔を見せるくらいできるだろう」

「それは・・・彼女の父親に会うのは勇気がいるから」

「交際相手の父親が怖いというのが理由で来られないというのなら、尚更だな。そんな根性なしに大事な娘はやれん」

「なんで、そこまでの話になるのよ。まだ結婚なんて考えなくたっていいでしょう」


膝の上で握った拳に力が入った。


「お前は・・・。よく考えろ。お前ももう24歳だ。このあと何年つき合ったら結婚するつもりなんだ。今は昔より適齢期も遅くなっているし、寿命も延びただろう。だけど、お前は身体が丈夫なほうじゃない。結婚が遅くなるほど、子供を産む時のリスクが大きくなるとは思わないのか」

「そんなことない。確かに喉のせいで他の人より熱を出しやすいところがあるけど、他は健康じゃない」


私の言葉に父だけでなく母も溜め息を吐いた。


「お前は自分のことがわかっていない。とにかくよく考えなさい」

「麻美、お母さんもお父さんの意見に賛成よ。あなたはもう少し自分のことを顧みなさい。そうすれば気がつくと思うわよ」



自室に戻った私はゴマフアザラシのぬいぐるみを抱きしめてうずくまった。


父が言うことがわからない。

ううん。本当はわかっている?


体は弱くない。

いや。やはり弱いのかも。


好きなのに。

・・・でも、好きだけじゃ駄目なのもわかっている。


そうよ。学生の恋みたいに『一緒にいて楽しいね』で済む話じゃないもの。

でも、もう少し・・・もう少しだけ、この恋に浸っていたい。


顔をあげた私はローテーブルの上に置いた鏡を見つめた。鏡の中には苦しそうな表情の自分が写っていたのだった。


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