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194 兄と浩二さんとの世間話?

私が渡した茶わんを受け取りながら、浩二さんは困ったように私のことを見つめてきた。気持ちはわかるけど、さてどうしましょうか。


「あっ、何かお酒を飲みますか」

「いや、明日も仕事だから」

「いいじゃないですか、そのまま泊まったって。もう何度も泊まっているんでしょう」


兄が邪気の無い笑顔を浩二さんに向けているけど、言葉の端々に引っかかるものがあるんだけど?


「あ・・・そうだけど・・・いや、さすがに・・・」


浩二さんもさっきから顔の引きつりが直らないのよね。受け答えもしどろもどろだし。


「それにしても大晦日まで仕事とは大変ですねえ」

「いえ、そんなこともないですよ」


兄の言葉が世間話的なものになったからか、浩二さんはホッとしたようだ。


その様子をさっきから私は離れたところで見ているのよ。台所のテーブルには父と兄と浩二さんが座っている。母は祖母と部屋に行ってしまったし。

そう思っていたら、父が席を立った。


「浩二君、悪いが風呂にいってくるよ」

「あっ、はい。ごゆっくりどうぞ」


父が出て行くと、兄が私のことを呼んだ。


「麻美もこっちにおいで。三人で話そうよ」


私は急須にお茶を入れてテーブルに行った。湯呑に入れて渡したら、兄は「コーヒーのほうがいいな」と言った。じゃあと、椅子に座ったのに立ち上がろうとしたら「いいよ。自分で入れる」と言って、兄は席を立ちコーヒーを用意しだした。


「下平さんはどうしますか」

「えーと、頂きたいです」

「了解。麻美は」

「私はお茶でいいわ」

「わかった」


兄はマグカップを二つ用意してスプーンでコーヒーを量ってお湯を注いだ。インスタントだから、味は推して知るべしだろう。


「砂糖とミルクはどうしますか」

「えーと、どちらもほしいかな」


その言葉にスティックシュガーと牛乳を用意した兄。自分も砂糖と牛乳を入れてスプーンでかき混ぜた。それを見て浩二さんも自分のコーヒーに砂糖と牛乳を入れた。


「それで下平さん、これからなんと呼びましょうか」

「はっ? 呼ぶって何を」


突然の兄の言葉にまた困惑する浩二さん。


「年齢は下平さんのほうが上ですけど、私は義兄(あに)になるわけですし」

「えーと、好きに呼んでください」


兄は真面目な顔で浩二さんに言っている。なので、浩二さんは本当に困ってしまっているようだ。


う~ん。助けに入ったほうがいいのかな。でも、兄も楽しんでいるようだし…。

それよりも何の意図があってこんなことをしているのか、のほうが気になるのよね。

ただのおちゃめさんでしたってわけはないはずだから…。


「それじゃあ、わが義弟(おとうと)よ、って言っていい?」


浩二さんの頬がひくっとなった。こら、兄。答えに困ることを言うんじゃない!


「えー、出来れば名前でお願いします」

「ちぇっ、つまんないの。じゃあ、浩二さんと呼ぶか」


本当につまらなさそうな顔で言う兄。浩二さんが問いたげな視線を私に向けてきた。


「兄さん、そこまでにしたら。あんまり浩二さんを困らせないで」

「何を言う。お兄ちゃんは真面目に考えているのに」

「どこがよ。浩二さんをからかう気満々じゃない」

「それが誤解だろう。麻美と結婚してくれるという奇特な人に、最大限のもてなしをしようと考えただけだ」

「だからどこが? さっきから浩二さんは兄さんの言葉に翻弄されているでしょう」

「翻弄なんかしてないぞ。というかお兄ちゃんはうれしいぞ。麻美もそんな難しい言葉を、ちゃんと使えるようになったんだな」


なぜか感動したという風を装って「ジーン」などと、胸に手を当てて言う兄。その様子を浩二さんは目を白黒させて見ている。


「ちょっと、兄さん。もう少し取り繕ってよ。最初から変人なのを全開にしないで」

「しっつれいなー。お兄ちゃんはこれから義弟(おとうと)になる浩二さんに、素の自分を見せているだけだろう。麻美も気取らずにいつものように『お兄ちゃん』と言っていいんだよ」

「だ~か~ら~、20代も半ばになって『お兄ちゃん』と、呼ぶのはおかしいでしょ」

「いや、おかしくない。50代になっても『僕』という人だっているんだ。今更呼び方を変えても、長年の癖はそう簡単に変わらないぞ」

「そこは気をつけるだけでしょう。なんの問題もないじゃない」

「気をつけたって出る時には出る。それなら最初から素の自分を全開でいくべきだと、お兄ちゃんは思うわけだ」

「もう! お兄ちゃんってば!」


私が怒りまじりの声をだしたら、兄が笑った。


「ほら、出た」

「お兄ちゃんがしつこいからでしょうが」

「いやいや。何事も最初が肝心だからなあ。これで麻美と浩二さんの仲は心配ないな」

「引っ掻き回そうとしている人が何をいうのよ」

「お兄ちゃんはな、麻美のことを心配していたんだぞ」

「はあ~?」

「麻美は箱入りに育てたつもりはないのに、どこか世間知らずだし」

「ちょっとどこが」

「男を見る目はないし」

「ほっとけ!」


兄の言葉に渋面で言った。そうしたら兄は、今までの真面目な中にもからかいを含んでいた感じから、真剣な顔に表情が変わっていった。


「放っておけるわけがないだろう。可愛い妹のことなのに」


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