193 兄と浩二さんとの対面
兄から和彦の名前が出てきて、首を捻った。
「ねえ、なんで和彦の名前が出てくるの」
「なんでって、それは・・・心配というか」
ぼそぼそと小声で言うから、尚更私は首を捻った。
「心配って、どうして?」
兄は逸らしていた視線を私に合わせてきた。
「お前が渡辺のことを好きだったから」
と、きっぱりと言った。
「・・・はあ?」
兄の言葉が脳に到達するのにしばしかかり、意味を理解した私は思いっきり不信感満載の声を出した。
「なんだよ、はあって。あんなことがあってもそばに居ることを選んだんだろ。これは麻美が家を出て行くことになると、父さんも覚悟していたんだけど」
「ちょっ、ちょっと待とうか。何、その前提。まったくもっておかしいでしょ。私は和彦のそばに居ることを選んでないから。というか、何時からそんな誤解をしていたのよ」
兄はきょとんとした顔をして言った。
「何時って、東京で渡辺と会っているって言っていただろう。てっきりつき合っているんだと思っていたけど」
「えっ? なんでそうなるの。私ちゃんと言ったよね。偶然行った大学の学祭で再会して、そこからとも君と仲良くなって誘ってもらっていたって」
「えっ? とも君って誰だ。そんな男がいたのか。じゃあ、そいつに振られて自棄になって、渡辺とつき合うようになったのか」
「なんでそうなるのよ。とも君は本名は朋子さんで、背が高くてちょっとヅカの男役っぽい、カッコいい女性だってば。それに和彦とつき合ったことはないわよ。どうしてそう思ったのよ」
私は両手で頭を抱えた。兄だけでなく父までそう思っていたなんて。と、いうことは母も同じように誤解していた可能性は高いと思った。それから、ひらめくものもあった。私のお見合いの話が出た時に、和彦も克義おじさんに私の見合い相手としてどうかと言われたと言ってなかったか。
「それなら、麻美は渡辺のことをどう思っているんだ」
「どうって、親戚でしょ」
そう答えたら兄は思いっきり不審そうに私のことを見てきた。
「麻美はそれでいいのかい。好きだった相手と普通につき合えるのか」
「いや、だからさ、なんでそうなるのよ。私、兄さんに和彦のことを好きだなんて言ったことはないよね」
「そんなもの、見ていればわかる」
どこか自信ありげに言う兄。
「それっていつのこと」
「高校の時」
きっぱりと言われて、また頭を抱えたくなった。確かにあの話を聞かされるまでは、淡い憧れというか妄想はしたさ。だけどな、あのバカの下半身事情を聞いた時点で、きれいさっぱりそんな気は無くなったから。今だって正直に言うと、出来ることなら仲間内の付き合いだけに留めたかったさ。それができないなら、ただの親戚扱いするしかないだろう。
と、いうことを兄に言ったら、兄はしばらく考え込んでいた。そして顔を上げた兄は言った。
「麻美はうちの親戚をどこまで把握しているんだ」
「はっ? なんでそんなことを聞くの」
「いいから。これはかなり重要なことだぞ」
兄の言葉に首を捻りながらも、私は親から聞いて覚えた親戚のことを兄に説明した。それを聞いた兄は噴き出して笑いだした。
「それじゃあ、渡辺のことも親戚で通すわけだ」
なんか、うんうんと頷きながら笑っているけど、解せぬ。そんなに面白いことを言った覚えはないんだけどな~。
◇
夕方・・・というよりも夜になって浩二さんが家にきた。年末はいろいろと忙しいみたいよね、郵便局は。特に今は新年のお年玉用に新品のお札に交換しに来る人が多いとか。
そうかー、郵便局で新札に両替も出来たんだ。今のところ私は親戚にお年玉をあげる人はいないから必要ないか。
って、違う! 真佑美ちゃんと隆政君に用意しないと。お母さんに言えば二人分ぐらいの新札はあるかしら。
そんなことを思っていた私の横で、浩二さんと兄との和やかな挨拶が続いていた。
「どうも、初めまして。麻美の兄の喜伸といいます。あなたが麻美と結婚しようという物好きな方ですか」
「・・・えー、あー、はい。下平浩二と言います。これからよろしくお願いします」
浩二さんは兄の物言いに面食らっていた。若干顔が引きつっている。
「浩二君、さあ、座った、座った。麻美、浩二君のご飯を」
父がいつものことと、浩二さんに夕食を食べるだろうと、座るように誘っている。
「あっ、いえ、今日はこれで帰ります」
「遠慮は今更だろう」
・・・父さん、言いたいことはわかるけど、浩二さんの気持ちも考えようよ。約一年ぶりに兄さんが帰ってきたのよ。積もる話もあるだろうと気を使ってくれているんじゃない。遠慮もするわよ。
「父さん、下平さんはよく家でご飯を食べていくの」
「ああ。休みの前に来た時には、一緒に酒を飲んで泊まっていくこともあるぞ」
・・・父さん、そこまで話すんかい!
父の言葉を聞いた兄はにっこりといい笑顔を浮かべた。
「そういうことなら、遠慮しないでください、下平さん。よければもう少し私と話しましょう」
兄の胡散臭い笑顔に顔を引きつらせながらも、浩二さんは頷いたのでした。




