19 私の誕生日のお出かけは
今日は私の誕生日。私は1月生まれです。
誕生日にどこに行きたいと言われて困ってしまったの。行ってみたいところはいろいろあるけど、かなり離れたところばかり。私は車の免許を取ってから高速道路を走ったことがなくて、そこまで行くのに高速を使うという発想がなくて、「遠いよね」とおずおずと言ったら、「2時間もかからないよ」と笑われてしまった。
初詣の後にドライブデートをした時にそれを聞かれたのよ。本当に出掛けたことが少ないと判って「いろいろなところに行こうね」と言われたの。
両親にも遠出をするから遅くなることを言って家を出た。彼の車に乗って高速を使って、目的地へ。着いた先は水族館。「冬に水族館?」と彼は驚いていたけど、私の希望だからと連れてきてくれたの。
暖かい恰好をしてきたけど、少し失敗したかなとは思ったのね。イルカショーは野外で風が思った以上に冷たかった。でも、建物の中は暖かかった。
そこの売店で少し大きめのゴマフアザラシのぬいぐるみがあった。この間のハスキー君と同じくらいの大きさで、でもこちらの方が邪魔な足がない分抱き心地がよかった。
「それ、気に入ったの」
「えーと・・・うん。でも、いいかな」
「要らないの」
「これ以上ぬいぐるみを増やすのもどうかと思うし」
私はぬいぐるみをあきらめて棚に戻した。お手洗いに寄って出口に向かった。車の所まで来たところで彼が「あっ!」といった。
「ごめん、忘れ物をしてきたから戻るよ。麻美は車で待ってて」
「私も一緒に」
「すぐに戻るから」
助手席のドアを開けて私を乗せると、彼は館内に戻って行った。
彼の姿が見えなくなると私はホッと息を吐き出した。そして座席に体を預けて目を瞑ってしまった。
運転席のドアが開いた音で目を開けた。彼の方を向こうとしたら、目の前に白いモコッとしたものが差し出された。
「えっ、これって」
「気に入ったのだろう。誕生日プレゼントだよ」
ニッコリと笑った彼からゴマフアザラシのぬいぐるみを受け取った。そのまま胸に抱きしめた。
「それから」
そう言って、私の首に手を回す彼。離れた時にはネックレスが胸元で揺れていた。
「こっちがちゃんとしたプレゼント」
ペンダントヘッドを持ち上げて魅入る。スクエアの中に小ぶりのパールが揺れている。私は顔をあげて彼のことを見た。彼は微笑んでいた。
「ありがとう」
「どういたしまして。・・・ってなんで泣くの」
言われて涙が頬を伝いだしたことに自分自身驚いた。彼の手が頬にそっと添えられた。
「えーと、気に入らなかったのかな?」
「違う・・・の。・・・うれしくて」
そう、私が何気なく言ったことを覚えていてくれたことがうれしかった。
「うれしかった・・・の?」
彼の言葉にペンダントを摘まみ上げて「うん」と微笑んだ。
そうしたら、彼は一瞬動きを止めてから私を抱きしめて・・・邪魔だというようにゴマちゃんを取り上げて後部座席に投げてしまった。ぬいぐるみを取り返そうと、伸ばした手をつかまれてキスをされた。目を閉じようとして視界に入ったものに、彼の胸に手をついて止める。
「麻美?」
離れた彼が目を覗き込むようにして訊いてきた。
「外、見えてるから」
目を伏せながら小さな声で言ったら、彼も視線を窓の外に向けた。車に戻る人なのだろうか、男の人がこちらを見ていた。けど、誰かに呼ばれたのか、すぐに行ってしまったけど。
「ああ、そうだね。二人になれる所に行こうか」
彼は私から離れると後部座席からゴマちゃんを取り、渡してくれた。それをギュッと抱きしめて、顔を埋めるように隠した。
「耳まで真っ赤だよ。本当に麻美はかわいいね」
頭に彼の手がのってスルリと撫でるように移動して離れていった。
◇
夜のドライブデートの時よりは早い時間に家に帰った。居間に顔を出してすぐに自分の部屋に行こうとしたら、母に呼び止められた。
「随分遅かったのね」
「そんなに遅くないでしょ。いつもより早いわよ」
「朝から出掛けているのにかい」
「私、遅くなるって言ったわよね」
「ほら。遅くなったってわかっているじゃない」
「だから何。私はもう大人なんだから、私の行動に口出ししないでよ」
母の言い方が癇に障って、ついきつい口調になってしまった。本当はこんな事が言いたいんじゃないのに。
「麻美、親に向かってなんて口の利き方なの。大体麻美はあの」
「麻美」
母の言葉を遮るように父が言葉を発した。母が黙った。
「何、お父さん」
「疲れただろうから、お風呂に入って早く休め」
父にも小言を言われるかと思った私は拍子抜けした。
「う、うん」
「ちょっと、お父さん」
父は抗議する母を連れて居間を出て行った。
「いいから。お前も麻美に・・・」
父と母の声が小さくなる。私も居間を出て自分の部屋に行って着替えを取ると、お風呂に入った。体を洗い湯船に浸かってホッとした。
視界に胸元につけられた赤い痕が入ってきた。とたんにブルリと体が震えた。自分の身体を抱きしめるように両腕を掴んだ。
「セックスなんか好きじゃない」
呟きと共に涙が目から溢れてきたのでした。




