187 女だけのランチの席で その15
典行さんは1年、一人で生活をしてから、京香さんに会いに来た。京香さんは驚いたそう。高校を卒業するまでは顔を見せていたのに、この1年京香さんに会いに来なかったから。きっと年上の自分のことは忘れて、典行さんにあった彼女が出来たと思っていたとか。
典行さんは『約束を守ったのだからつき合ってくれ』と言った。だけど京香さんは『考えると言っただけ』と、冷たく突き放した。
そこから典行さんのストカーまがいの行動が始まったらしい。京香さんのほうが仕事が終わるのが遅いことが多かったので、よく会社の前で待っていたそう。京香さんが友達と飲みに行くと、こっそりついてきて離れた席から見ていたとか、他にもエトセトラ・・・。
まあ、これはある意味仕方がない気もする。京香さんは典行さんのことを、冷たく仕切れなかったそうだから。
そんな状態が数年続いて、ある日体調がすぐれないのに京香さんに会いに来た典行さんは、ぶっ倒れてしまった。それを看病をした京香さんは、そのまま典行さんに居つかれて同棲することになったとか。それを許したのは、忠犬のように懐いてくる典行さんに絆されてしまっていたかららしい。
だけど、今回のことで典行さんとのことを考えた京香さんは、別れを切り出した。京香さんには結婚する意志はなかったから。それに5歳も年下の(私たちと同い年と知って驚いた)典行さんの、これからを考えたら別れるほうがいいと思ったらしい。
別れを拒否した典行さんに逆にプロポーズをされたけど、それを京香さんは断った。ここから二人の攻防が続いたらしいのだけど。結局、典行さんの強硬手段で京香さんは妊娠をしてしまい、籍を入れたとか・・・。
◇
京香さん、あんまり生々しい説明はいらないからね。ひょろいと思っていた典行さんは、『脱いだらすごいんです』状態だとか、体重が80キロを超える京香さんを軽々と抱き上げたとか、顔に似合わず凶悪だとか・・・。そんな情報はいらないやい!
菜穂子は顔を真っ赤にしながらも、キラキラと・・・いや、ギラギラとした目で聞いているし、千鶴と華子女史は顔色を変えないようにしているけど、興味津々なのは隠せてないし・・・。
耳も塞げずに固まっていたら、みんなして意味ありげに見てきたの。悪かったわね。どうせおこちゃまですよー!
◇
京香さんの話は沙也加さんと原田さんのことに戻った。
「それから俊樹と沙也加は婚約したわよ。俊樹もあそこまで言われて真剣に考えたみたいで、沙也加にプロポーズをしたの。沙也加は別れるつもりだったから断って、揉めたらしいわ。そこで俊樹は正装・・・とまではいかないけど、スーツ姿で沙也加の家に行って、両親の前でプロポーズと『嫁にください』発言をしたのよ。結果は父親に殴られて家を追い出されたんだって。そこから俊樹は沙也加の家に日参して、根負けする形で沙也加の父親が許したのね。沙也加の親も娘が30歳前に結婚して欲しいと思っていたようで、恋人とどうなっているのかと、気にしていたらしいの。娘の元気がない様子を気にしていたら、プロポーズをしに来たやりとりでこいつのせいだったと、殴ったらしいわ」
京香さんはそのことを苦笑いをしながら教えてくれた。そしてカップを持ち上げて、中身が空なのに気がついた。華子女史が気を利かせて紅茶のお代わりを頼んでくれた。
少しの間、休憩をすることになった。時計を見たら15時35分。家に戻るのに40分くらいはかかるだろうから、出来れば16時にはここを出たいと思った。それは京香さんも同じだったみたいで、眉間にしわを寄せると言った。
「もう、こんな時間なのね。まだ私から話しておきたいことがあるけど、16時に迎えを頼んでいるからゆっくりもできないわね」
京香さんが自分でここに来たのではないと知って私は驚いた。京香さんの顔を見つめたら、それで察したのだろう。京香さんは苦笑を浮かべた。
「麻美、忘れているみたいだけど、私は車の免許を持っていないわよ」
「あっ! そうでした」
クスクスと楽しそうに笑った後「それじゃあ、今日会いに来た、理由のところを話しましょうか」と京香さんは言った。
◇
麻美が航平のことを見た日は、久しぶりに私達も集まった日だったのよ。でもね、航平は麻美を見かけたことを言わなかったのよ。その2週間後に俊樹と沙也加の婚約のお祝いでまた集まって、そこで航平が私に麻美のことを聞いてきたのね。
もう半年は経つから麻美のことは忘れたのだろうと思っていたから、聞かれたことに驚いたわ。沙也加なんて未練を持っているのかと気色ばんでいたわよ。
そうしたら2週間前に麻美を見かけたっていうじゃない。それも麻美のほうが先に気がついていたようで、目が合ったら泣きそうな顔をしていたって言ってきたのよ。
その前に麻美の幸せそうな姿を見ていたから、そんな顔をされるとは思わなかったって言ったの。そこで思い出したのが、沙也加の言葉よ。もしかしてまだ自分のことを気にしているんじゃないかって、思ったそうよ。




