185 女だけのランチの席で その13
麻美ちゃんから別れを言い出したから、山本君のことをすぐに忘れて他の男と恋愛すると思っているのなら甘いわよ。麻美ちゃんは恋愛偏差値が低いのよ。そんな子が『はい、次~』なんて、すぐに他の男に走れるわけないじゃない。
それどころか、きれいな終わり方をしたものだから、すぐには恋愛なんてできないわよ。もっと悪いことに、山本君のことを思い出しては『自分が悪かった。あの時こうしていれば』と、後悔しまくるわよ。
下手をしたらその思い出に縋って、結婚もできないかもね。
◇
沙也加の言葉を航平は青い顔をして聞いていたわね。思い当たることがいろいろあったみたい。何も言えない航平の代わりに俊樹が沙也加に反論をしたのよ。
「そういうけど、それは沙也加の思い込みかもしれないだろ。親に強要されたとはいえ、航平と見合い相手とを二股にかけるようなことをしたんだぞ」
「それは麻美ちゃんの意志じゃないでしょう。優しい麻美ちゃんは断れなかっただけだもの」
「へっ、どうだか。内心、『二人に奪い合われている私。どうしたらいいの』なんて、ヒロインぶってたんじゃないのか」
沙也加は拳を握ると俊樹の頭を思いっきり殴りつけた。
「何すんだよ、暴力女」
「俊樹が悪いんでしょうが。そんなことを思えるような子なら、心配なんてするわけないじゃない。あんたは何を聞いていたのよ。麻美ちゃんは気に病みすぎて、痩せ細ってしまったって、山本君が言ったでしょう」
俊樹はムッと口を引き結ぶと黙りこんだ。
「山本君、今更言ってもしょうがないけどさ、別れ話をされた時に『別れたくない』と縋りつくか、『二股をかけるような女はこちらの方が願い下げだ』くらい、言ってほしかったわ」
「・・・縋りつくようなことを言っても麻美の気持ちは変わらなかったと思うけど」
「そうでしょうけど、山本君のみっともない姿を見せれたでしょう」
沙也加の言葉に不承不承に頷く航平。
「そんな姿を見せたくない山本君の気持ちはわかるのよ。でも麻美ちゃんに幻滅させてあげなきゃ、次の恋に踏み出せないわよ。えーとねえ、麻美ちゃんだって頭ではわかっているのよ。恋はきれいごとだけじゃないということは。でも、山本君との恋は苦しい思いはしたけど、それは山本君に与えられたものじゃなかったでしょう。だから、麻美ちゃんにとってきれいないい恋だったのよ。それでいい終わり方をしたら・・・なかなか思い切れるわけないじゃない。この後、何度思い出して心を揺らすことになるのかと思うと、なんかやりきれないのよ」
「そういうけど、麻美ちゃんはわかっているんだろ。納得して結論を出して、航平と別れたんだろう」
「だから、頭ではわかっていても、気持ちがついていかないんだってば!」
沙也加は俊樹のことを睨みつけた。
◇
「やっと私にも沙也加が言いたいことが分かったのよ。『思いが残る』の意味がね。でも別れた後だし、今更どうしようもないと結論づけたのよ」
京香さんはそう締めくくった。私は何と言っていいのかわからなくて、黙っていた。
「その沙也加さんという人は、ずいぶん麻美のことを気に入ったのですね」
華子女史が京香さんに言った。
「ええっ。私も驚いたわ。でもね、理由を聞いたら納得したのよ。あの後私達は居酒屋を出て、いつものようにカラオケに行ったのよ。そこで沙也加がぼやくように言ったのよ。『あ~あ、今日は麻美ちゃんに聞いてもらって癒されようと思っていたのに』って」
◇
その言葉を聞いた俊樹は顔をしかめて沙也加に言ったわ。
「なんだよ。愚痴をこぼすのなら他に友達がいるだろう」
「いるけど、言えるわけないじゃない」
「なんでだよ」
しばらく口を閉ざして何か考えていた沙也加。ため息を吐き出してから言った。
「私が言いたいのは仕事の愚痴なの。それをね、私の友人たちは聞いてくれないわ」
「どうしてだ。沙也加には友達がいないのか?」
俊樹の暴言に拳を握った沙也加。でも、それを俊樹におみまいすることはなかったの。またため息を吐き出して、静かな目で俊樹を見つめていたわ。
「あんたって、本当にデリカシーがないわね。私の友達ってもう結婚して子供がいるやつばかりなの。彼女たちの関心は家族のことよ。仕事の話なんて聞きたくないに決まっているの。だけど麻美ちゃんなら、ニコニコと聞いてくれただろうけどさ」
「それってお前の期待しすぎなんじゃ」
俊樹のことを見つめていた沙也加はもう一度ため息を吐き出した。
「麻美ちゃんは聞き上手だから聞いてくれたわ」
この後、沙也加は表情を変えることなく、なんでもないように続けて言った言葉に、私達のほうが顔色を変えたと思う。
「ねえ、俊樹。私達も別れようか」
「はっ? お前、いきなり何を言い出すんだよ」
俊樹は面食らったような顔をして言ったの。沙也加がそんなことを考えていると、思わなかったみたいで。
「あのさ俊樹、私達って今いくつよ」
「27歳だろ」
「そう、27歳。ねえ、私の誕生日が来月だって知っているよね」
俊樹は言葉を発さずに頷いただけだった。




