184 女だけのランチの席で その12
沙也加の行動に私達はしばし茫然としたの。もう一度航平のことを殴ろうとしたから、俊樹が慌てて止めたけど、沙也加は本気で怒っていたわ。
「なんでそこでいい人ぶるわけ、山本君は。そんなことをしたら麻美ちゃんが思いを残しちゃうでしょ。そこは情けないところを見せて幻滅させるか、酷い言葉を投げかけて酷い男とつき合ったと思わせるべきだったのよ」
「おいおい、何をいっているんだよ。きれいな別れ方だろう。麻美ちゃんを傷つけるようなことを言うほうが、心に傷が残るだろうが」
羽交い絞めにしている俊樹を振り返って、沙也加は言った。
「だから、それが必要だったの。きれいな別れ方って一番質が悪いのよ」
「どこがだよ。女なんて別れた時は悲しむかもしれないけど、すぐに次の恋を見つけるだろ。そういうことは女のほうが得意だろ」
「それは一般的な女のことでしょう。麻美ちゃんには当てはまらないわよ」
沙也加はジタバタと暴れていた。他の客からの視線が飛んでくる。だから私は二人に言ったのよ。
「俊樹、沙也加を放してあげなさい。沙也加も暴れないで、落ち着いて話してくれないかな」
周りに視線を向けながらそう言ったら、沙也加は気まずそうな顔をしておとなしくなり、俊樹も沙也加のことを放したのよ。沙也加はグラスを掴むと、半分ほど残っていたビールを一気に飲んでジョッキをおいた。お代わりを注文してそれが来るまで口を開こうとはしなかった。新しいビールを一口飲んでから話しだしたわ。
◇
私さ~、最初に麻美ちゃんと会った時に、私の嫌いなタイプの女だと思ったのよね。山本君の後ろに隠れるようにしてさ、それが鼻についたのよ。かわいこぶりっ子して、男に頼ってますって感じで、男の気を良くする・・・そんな女だと思ったわ。
案の定山本君だけでなく俊樹も麻美ちゃんに気を使うし、典行さんも気にかけてるのが見え見えで、心の中で『ケッ』って思っていたのよ。話し掛けてもなかなか打ち解けてこないし。
それがね、少ししたらいつもよりテーブルが片付くなって気がついたの。よく見ていたら、麻美ちゃんが少なくなったお皿の中身をうまいことみんなに割り振って、空いたら店員さんに片付けてもらっていたのね。
それに麻美ちゃんは自分から話題を振るようなことはなかったけど、みんなの話に相づちを打っていたの。聞かれたことには少し考えたりしながら、でもちゃんと答えていたし。
その感じが作ってやっているんじゃなくて、素でやっていたから驚いたわよ。麻美ちゃんがトイレに立った時に私も一緒について行って少し話をしたの。
麻美ちゃんって高校を卒業してから東京にいたんですって。それも進学ではなくて、就職したそうなのよ。
あっちって誘惑が多いじゃない。遊ぶところもいっぱいあるし、擦れるのなんてあっという間よね。麻美ちゃんの話でも寮生活をしていた時に、同い年の子が消灯時間後に寮を抜け出して夜遊びに行っていたそうよ。麻美ちゃんも誘われたことがあったみたいだけど、抜け出して行ったことはなかったそうなの。ちゃんと外泊届を出して、遊びに行ったそうよ。麻美ちゃんはそういうのは向かないからって、一回だけで夜遊びはしなかったのですって。
ねえ、これがどういうことかわかる?
二十歳そこそこの小娘がさ、そういう誘惑に流されないということは、最初から気持ちをしっかり持っていたということなのよ。
それってすごいと思わない。私は麻美ちゃんの強さを見たと思ったわ。
その反面、アンバランスさが目についたのよ。麻美ちゃんって山本君とつき合うのが初めての彼氏だって言ったのよ。麻美ちゃんのことを好きになった人がいてもおかしくないのに、そんな人はいなかったっていうじゃない。酔った山本君に手を握られて動けなくなったのも、男慣れしてないにしてもほどがあるでしょう。
私ね、麻美ちゃんがなんで山本君を選んだのかわからなかったの。自分をしっかり持って流されずに東京から戻ってきた麻美ちゃんよ。先のことがわからない恋愛なんてしないだろうと思ったわ。
でもねえ、Wデートした時にわかっちゃったんだ~。麻美ちゃんは山本君に恋をしたのよ。私がいくつかのアトラクションを一緒に乗った時のことよ。私と話しながらも視線は山本君を追いかけていたの。それで目が合うとパッと目を逸らしたりしてね。少し俯いて赤くなっているじゃない。ウブすぎる反応が微笑ましかったわ。
麻美ちゃんにはそのまま山本君とうまくいってほしいと思ったけど、それは無理なんじゃないかと思っていたの。麻美ちゃんに対して、山本君の覚悟が足りないと思っていたのよね。でもねえ、これって二人の問題じゃない。結婚までいくのも別れるのも、二人の気持ち次第だもの。周りがどうこう言うことじゃないでしょう。
だからね、二人が別れることになったのはしょうがないと思うのよ。経過を聞いたら納得したわよ。
でも、やっぱり山本君は最後までダメダメだったじゃない。




