182 女だけのランチの席で その10
京香さんは私にわかっているというように頷いてきました。
「まあ、なんにせよ、よかったわ。麻美が後ろ向きのまま過ごしていなかったみたいで」
京香さんは心の底から安心したという顔をしていた。私は京香さんの顔を見つめた。その私にニコリと笑ってから、京香さんは口を開いた。
「さあ、次は私が話す番だね。だけど、その前にいくつか確認させてほしいかな。ねえ、麻美。麻美は航平のことをどう思っているの」
ドキリと心臓がなった。
「山本さんのことを・・・」
「そう。今はどう思っているかな」
今は・・・。京香さんの言葉の意味をはかりながら考える。
「嫌い・・・ではないです」
「それじゃあ、好きなの」
「・・・はい」
「婚約者と別れてやり直したいと思うほど?」
「いいえ。それはないです。たとえあの別れ話をした時に戻ったとしても、別れないという選択肢は取らないと思います」
「そう」
京香さんは少し考えるように視線を下に向けた。そして顔をあげて私のことを見つめると、次の質問をしてきた。
「それじゃあ、10月に航平が麻美を見かけたと言ったのよ。その時に目が合ったそうね。麻美は航平と会ったことをどう思ったの」
私は唇を引き結んだ。すこし動悸が早くなってきた。気持ちを落ち着かせようと軽く深呼吸した。
「最初は・・・なんで今日会ってしまったのだろうと思いました。その後は・・・山本さんの隣に女性がいなくてうれしかったとか、自分は結婚を決めているのに、何を考えているのだろうとか、姿をみただけで心が引き寄せられるのにとか、そう考えたことを浩二さんに悪いと思ったり・・・。もう気持ちはぐちゃぐちゃになりました」
隠してもしょうがないとあの時に思ったことを、正直に話した。京香さんの口元に苦い笑いが浮かんできた。
「やはりそうなのね。沙也加の言ったとおりだわ。・・・それに航平が心配したとおりでも、あったのね」
京香さんはカップを持つと冷めてしまった紅茶を一口飲んだ。
「じゃあ話すけど、少し長くなるわよ」
そう前置いて、京香さんは話し始めたのでした。
◇
私が航平から麻美と別れたという話を聞いたのはゴールデンウイークに入った4月の終わりのことよ。久しぶりに俊樹たちと居酒屋で飲むことになったの。そこに航平は一人で現れた。最初は麻美の都合がつかなかったのだと思ったのよ。飲み始めたところで、麻美と別れたというじゃない。俊樹と沙也加なんて、絶対航平が何かして麻美を怒らせたと思ったのよ。二人して麻美に謝って来いって言っていたわ。
だけど、航平が別れるまでに至った経緯を話したら、私達は考えさせられることになったのよ。航平の話はこうだったわ。
◇
麻美とうまくいかなくなり始めたのは、年末に初もうでの話をした時。二日の日に行こうと誘ったら、おば達が来るから家を空けられないと言った。両親がいるのに大袈裟だと思ったのと、親戚が集まってくるなんて面倒だろうなと思った。結局三日の日に初もうでに行ってきたんだ。
その次に会った時に、違和感を感じたんだ。何かわからないけど、少しずれみたいなものを感じた。それを気のせいにしていたけど、違和感の正体に気がついたのはバレンタインの時。待ち合わせのところで、麻美は停まった車の中の人物と話をしているのが見えた。車はすぐに立ち去り、俺が停まったらすぐに助手席に麻美は乗り込んできたけど、先ほどとは違ってどこかぎこちない笑顔だった。さっきの人物にはいい笑顔を向けていたのに、心から笑っていない笑顔だった。そのことにイライラとしてしまったんだ。
麻美がそんな態度を取ったのは後ろめたいことがあったからだった。親が見合いを勧めてきてすることになったそうだ。見合いが嫌ならしなければいいのに、麻美は間に立ってくれた人に義理を果たすために一度は会わないといけないと言った。
結局言い合いになって、麻美の『それなら、うちに来て両親に会ってくれればよかったのに』と言う言葉にキレて、喧嘩別れになったんだ。
本当はすぐに後悔はしたんだ。麻美の『義理を果たすために』という気持ちはわかる。そうするのが正しいことだというのもわかる。だけど、それでは俺の立場はどうなるんだと、思ったよ。その反面、やはりとも思ったんだ。麻美の家は俺のことを麻美の恋人とは認めてくれていないんだとね。
この事は俺が悪かったと思う。麻美が言うとおりに、一度麻美の家に行っておけばよかったんだ。そうすればもう少し猶予をもらえたんじゃないかと思った。
だけど言い訳にしかならないけど、俺は麻美とつき合いだしてから、麻美とつき合うのがだんだん怖くなっていったんだ。麻美は普通の家だと言っていたけど、どう見てもいいところのお嬢さんにしか見えなくて。そんな麻美に俺はふさわしくないないんじゃないかと、思うようになった。育ちの違いってやつ?
そういうのを意識したら、麻美の家になんか行けるわけないって思ってしまったんだよ。




