181 女だけのランチの席で その9
「そんな楽しい話じゃないんだけど」
京香さんの言葉に、私は顔を引きつらせながら、笑顔を浮かべて言った。出来れば話したくないもの。
「あら、そんなことないわよ。ここからが下平さんの真骨頂よ。いくら協力者がいたとはいえ、あの早さには驚いたわ。・・・で、私が話していいの? 麻美」
千鶴はニヤリと悪い笑みを浮かべて言った。
・・・だからさ~、なんでそんなことをいうのよ、千鶴は~! 話す気満々でしょ。それに菜穂子がすごい期待の目を、私に向けてきているじゃない。期待を煽んないでよ。
「え~と・・・」
「まあねえ、話しにくいわよね。京香さん、私が話すでもいいかしら」
「ええ、いいわよ」
「ちょっと、待って」
私がどう言おうかと口ごもったら、勝手に千鶴と京香さんの間で、話がついてしまった。私が抗議しようとしたら「まあまあ」と、華子女史が止めてきた。
「詳細は省いて簡単に言うわね。下平さんは麻美のことを本当に気に入ったみたいで、山本さんとの別れ話をする日を気にして、麻美に訊いてきたのよ。麻美は答える気がなかったみたいだけど、上手の下平さんに掛かれば聞き出すのなんて簡単だったわ。そのうえで麻美が山本さんとの別れ話が済んだら、連絡が欲しいと言ったそうよ」
千鶴はここまで一息に話した。そして息をつくと、続きを話して言った。
「麻美も律義だから、山本さんに家に送ってもらった後に、下平さんに電話をしたそうよ。ただ、家からじゃなくてわざわざ公衆電話からかけたの。それに気がついた下平さんはすぐに車で駆けつけて、麻美を連れ去ったのよ」
「ちょっと!」
あまりの言い方に、私は抗議の声をあげた。
「麻美は黙ってて!」
私の抗議の声は華子女史に一蹴されてしまった。
「行ったところはかなり離れた港だったそうよ。そこなら麻美が泣いても知り合いに顔を見られる心配はないところだからだったらしいわ」
「まあ。やるわね」(菜穂子)
「でしょう。そこで麻美の気が済むまで泣かせてくれたそうなの」
「ほお~」(華子)
「泣き止んだら家まで送ってくれたそうなの」
「ええっ。それだけなの? 他は何もなしだったの?」(菜穂子)
「そうよ。でも、このあとがね、凄いわよ」
「ええっ~、何々!」(菜穂子)
菜穂子だけじゃなく、テーブルに身を乗り出すように華子女史がしてきた。
「翌週にね、麻美は気晴らしにと遊園地に連れ出されたのよ。そしてこの帰りにプロポーズをされたのよ~!」
『キャー!』
京香さんまで一緒に歓声をあげた。
「いきなりプロポーズだなんてやるわね」(華子)
「再度の告白じゃないのが素敵!」(菜穂子)
「こりゃあ~、麻美も落ちたでしょ」(京香)
・・・というか、京香さんまで楽しそうにしているのってどうなの?
そうは思ったけど、私は口を挟まずに黙っていた。
「ところがね、そう簡単には落ちないのよ、麻美は。でも下平さんも強気に出て、最終的にはキスで落としたのよね」
「いや、落とされてないから」
千鶴の言葉に反論をしたけど、誰も聞いていなかった。
「やだー。キスで落とすだなんて~。なんかヒワイ~」(菜穂子)
「そんなことないわよ。麻美の両親なんてもっと過激なことを推奨していたのよ」
「ええっ? それって、まさか!」(華子)
「そのまさかよ。麻美が落ちなきゃ一晩帰さなくていいって言われたそうよ、下平さんは!」
みんなの視線が私に集中した。
「これは麻美に逃げ場はないわね」(京香)
「ええっ。両親という最強の協力者がいたんじゃね」(華子)
「でもねえ、これでもまだ、麻美はしばらく抵抗していたのよ」
千鶴の言葉に呆れた視線が飛んできた。私はむくれてとがった声をだした。
「なによう」
「なんでそう諦めが悪いのよ、麻美は」
「だって、酷いのよ。この翌日には浩二さんが家に挨拶に来て、結婚の話を進めようとしたの。私はプロポーズに返事をしてなかったのに。それに翌週には下平の家に挨拶に連れていかれるし、結婚式場の予約にまで連れてかれてしまって・・・。私が納得するまでつき合うって言ってくれたのに。本当になんなのよ!」
私は不満を口にしたのに、みんなはまた歓声をあげた。
「うわ~、それ~! 電光石火ってそのことなの!」(菜穂子)
「でしょう!」(千鶴)
「というかさ、麻美は嫌がってないでしょう。流されまくりじゃない」(華子)
「そうなのよ。本気で嫌がっていたのなら、下平家で暴言でも吐いてくればいいのに、普通に挨拶をしているし、結婚式場は下平さんの従兄がいるとはいえ、おとなしく従っていたのよ。いさかいを起こしたくないからって、ねえ」(千鶴)
「本当にそうね。でも、ここまで外堀が埋まれば、麻美には逃げ道は残されてなかったのね。・・・というよりも、航平とのことを知っていても、麻美を受け入れてくれた下平さんに、絆されたのね」
京香さんが微笑みを浮かべて私のことを見つめながら言った。
「ああ、違うわね。麻美の傷ついた心を包み込んでくれる、その心の広さに惚れたのか」
「惚れてなんか・・・」
いないと、言葉を続けるつもりだったのに、口の中で言葉は消えてしまったのでした。




