180 女だけのランチの席で その8
私の告白に息を飲んだみんな。しばらく誰も言葉を発しなかった。私は呼吸を整えるように、大きく息を吸い込んで吐き出した。
◇
すぐに浩二さんは私から離れて運転席に行って、車を走らせたの。それでホテルに着いて・・・。
◇
「ホテル~? な、何? 連れ込まれたの」
菜穂子が動揺からか上ずった声を出した。
「あ~、違うわよ。そっちのホテルじゃなくて、ちゃんとしたホテルのほうよ」
私が答える前に千鶴が口を挟んできた。
「どっちにしろホテルに行ったってことはそういうことなんでしょ。正攻法で麻美のことを落とそうとしていると思ったのに、男って奴は~」
華子女史も軽蔑していると言わんばかりに声を低めて言った。
「だから、違うわよ。私はあの時に、下平さんはよく我慢したと思ったもの」
千鶴はそう言ってから視線を私に向けてきた。つられて菜穂子と華子女史も私のことを見てきた。その視線に頬がひくついた。
「ほら~、麻美が言えないのなら、私が言うわよ。あのね、その日の麻美の服装に問題があったのよ」(千鶴)
「服装? って、どんな?」(菜穂子)
「ワンピースでひざ丈で」(千鶴)
「ひざ丈ってことは座ると膝上10センチくらいになるかしら」(華子)
「それだけじゃなくてストッキングは脱いでいたから」(千鶴)
「生足だったのね」(華子)
「その状態でストッキングを穿こうとしたら?」(千鶴)
「それって!」(菜穂子)
3人で掛け合いのように言い合い、状況を把握した菜穂子と華子女史の視線が、私に突き刺さってきた。
「やっぱ天然って怖いわ~。無自覚で煽っていたなんて」
菜穂子がため息まじりに言った。
「というより、やはり千鶴が悪いんじゃない。麻美の警戒心のなさって、男っていうものを知らなさすぎだもの」
華子女史は私から千鶴に視線を向けた。
「あのさ~、もうわかっているから、傷口に塩をすりこまないでよ」
居たたまれなくて軽く抗議をしながら、私はみんなのことを睨みつけた。いや、睨んだつもりだけど、情けない顔になっていると思う。
「そうね。みんなの気持ちはわかるけど、あんまり混ぜっ返さないでくれるかな。時間は有限なのよ」
黙っていた京香さんが3人に笑いながら言った。3人は首を竦めて黙りこんだ。
「それで、麻美。あと、どれくらいかしら」
「えーと、この後に浩二さんにつき合いたいと言われたけど断って、でも山本さんともつき合えないと思ったから、別れることを決めたんです」
「じゃあ、それをもう少し詳しく話せるかな」
「はい」
◇
浩二さんにホテルに連れていかれたのは、・・・たぶん呆然としていた私に正気に戻る時間をくれたのだと思うの。あと、ストッキングを穿くためにホテルにしてくれたのだと思う。私はお手洗いでストッキングを穿いたのだから。そこを出て夕食を食べた後、夜景が見える高台に行って、浩二さんにつき合いたいと言われました。でも、私はつき合えないと断った。浩二さんは自分が私の好みのタイプじゃないから断られたと思ったようだったわ。本当ならそのままそう思わせておいて、おしまいにすればよかったんだけど・・・。私は正直に話してしまったのよ。
本当はつき合っている人がいること。このお見合いを母が頼んだのは、両親に彼との交際を反対されているからだということ。それから彼とは、もうつき合えないと思っていることを。
気がついたら泣きながらグチグチと話していたわ。
浩二さんに『どうするの』と訊かれて『彼とは別れます』と答えたの。そうしたら別れることを決意したのは自分のせいだと思ったみたいで、『話す日が決まったら教えて欲しい』と言われたわ。教える気はなかったんだけど、頷くまで帰してもらえそうになかったから、『はい、わかりました』と答えて、その日は別れました。
山本さんに別れ話をしたのはその1週間後です。私は今まで話せなかった家の事情を話したの。父が心臓病を患っていることと、母がヘルニアの手術以降、右足に障害を抱えてしまったこと。それから兄がいるけど、私が家を継がないといけないだろうこと。
あと・・・山本さんとの未来が見えないことも。私は家族を見捨てられない。でも、うちの家族の中に山本さんが入って談笑している姿は、思い浮かばなかった、と。
私の言葉を山本さんは黙って聞いてくれて・・・別れを受け入れてくれたの。
◇
私はハア~と息を吐き出した。あの時のことを思い出すと、まだ胸が痛む。『本当は別れたくなかった。今でも好きなのに』と、叫びだしそうになる。
本当はこんなんじゃいけないってわかっている。でも、この気持ちはどうしようもないの。
「そうか~。航平が話してくれたことと同じね。麻美、話してくれてありがとう」
京香さんが頷きながら声を掛けてきた。
「でも、まだあるんでしょ。結婚相手の人のことで。あれだけ周到に動いていた人だもの。麻美をどうやって口説き落としたのか知りたいわ」
にっこりと笑って言った京香さんの背中に黒い羽と尻尾の幻が見えた気がしたのは、気のせいではないわよね。




