18 初詣は と 友人と
年内はそれぞれ忙しくて、山本さんと次に会ったのは年が明けて三日の日。いつものところに迎えに来てくれた彼は、車を降りてきた。
「明けましておめでとうございます」
「おめでとう。というか麻美、着物がとっても似合っているよ」
「あ、ありがとう」
私の周りをまわるように見られて頬に熱が集まってきた。
ひとしきり見て満足したのか、彼が助手席のドアを開けてくれた。
「どうぞ、乗って」
私が乗り込むとドアを閉めて、彼は運転席に乗り込んだ。
「驚いたよ。着物を着てくるなんて言ってなかったから」
「えーと、お正月だし、せっかく着付けを習って自分で着られるようになったから、着たいな~と思ったの」
「自分で着たの」
ちょうど赤信号で止まったから、驚いた顔で彼に見つめられた。
「うん。・・・どこかおかしいところあった?」
「あー、それはなかったと思うけど・・・」
少し自信がなさそうに答える彼。着物に触れる機会がなければ、おかしいかどうかはわからないのだろう。
「それじゃあ、脱いだら着ることが出来るんだね」
私は一瞬彼の顔を凝視してしまった。
「外だと無理だと思う」
「自分で着たんだよね」
「着たし、着ることはできるけど、帯が無理」
「どういうこと?」
着物のことを知らないとこんな反応なんだと思いながら、どう説明すればいいかと考える。
「えーとね、帯を結ぶ時には補助紐を用意するの。それで仮押さえをして帯を結ぶのよ」
「それがないと帯が結べないの?」
「自分一人じゃ無理」
「そうなんだ・・・」
途端にガックリとした声を出された。
(・・・いったい何を期待したのだろう)
深く追求しない方が良い気がして、私は話を変えることにした。
「ところでどこに初詣に行くの」
「久能山だよ」
聞いてピキリと固まる私。
「久能山?」
「そうだよ。登る途中で見る駿河湾が綺麗なんだよ」
にこやかに笑う彼のことを私はジト目で見ていた。
(それならそうと教えて欲しかった。・・・待って、もしかしたら登るのじゃなくて、ロープウエイを使うのかも)
「あの、歩いて登るの?」
「もしかして麻美は登ったことがないの? それなら一度登るべきだよ」
彼の返事に私は苦笑いを浮かべるしかなかったのでした。
◇
結局歩いて登りましたとも、彼に励まされながら。久能山とは久能山東照宮のことで、徳川家康が亡くなった時に遺言により埋葬されたところだよ。ここには小学生の時に遠足で行ったよね。
それ以来だけど、まさか着物で1159段の石段を登ることになるとは思わなかった。小学校の時は参拝まではしていなかったと思うし。拝殿を見た記憶がなかったからね。
確かに一ノ門からの眺望は素晴らしかったよ。見る価値は確かに会ったけどさ。
「で、麻美。いつまでその愚痴は続くの」
「うっ。・・・その、ごめん。千鶴」
「別にいいんだけどね。でもここで言うのなら、彼に言えばよかったじゃない」
千鶴が私の向かいに座って、クッキーに手を伸ばしながら言ってきた。私はシベリアンハスキーのぬいぐるみを抱きしめながら、黙ってしまった。
私の事をチラリと見た千鶴はクッキーを口の中に放り込み、咀嚼して飲み込んでから言った。
「言えるくらいなら愚痴らないか」
「・・・まあ、ね」
私の様子を千鶴は目を細めて見て、クッキーにまた手を伸ばした。
「ねえ、麻美。なんで言えないの」
「・・・なんでなんだろうね」
自分でもわからない。彼と会えるのはうれしい。抱きしめられるのもキスされるのも嫌じゃない。でも、会うと緊張するの。付き合ってもう4カ月になるのに。
「遠慮している・・・わけじゃないのよね」
「うん。遠慮じゃないとは思うけど・・・」
自分の中でもすっきりとしない。作っているわけじゃない、と思う。確かに彼に良く見られたいとは思うけど。
「あと、なんだっけ。不安を感じるんだったかしら」
「そうなの。漠然としていてなんでそう思うのかもわからなくて」
「珍しいわね。そういう勘がいい麻美がわからないなんて」
そう、私は少し勘がいいところがある。でもね、千鶴。それは恋愛には当て嵌まらないみたい。今まで好きになった人って、他の人からするとちょっと? というところが、ある人ばかりだったもの。
「ねえ、麻美が感じる不安って、彼が浮気しているからとか」
「それはあり得ないわ」
「じゃあ、彼の束縛が嫌になったとか」
千鶴の言葉にギッと睨みつけた。
「・・・束縛なんてされてないもの」
千鶴は私から目を逸らして頬をポリポリと掻いた。
「あ~、ごめん。じゃあ、他に彼とつき合っていて気になることとかは?」
「気になること。・・・セッ・・・」
「せっ? なによ、途中で止められると気になるんだけど」
呟きかけた言葉を止めたら、千鶴が不審そうに見てきた。
「あっ、違うの。なんでもないから。本当に」
両手を振って否定をしたら、シベリアンハスキーを取られてしまった。
「まあ、いいわ。一応麻美のことを大事にしているようだし」
「そう見える?」
「だって、麻美が気に入ったこれを、わざわざ後で買いに行ったわけなんでしょう。麻美の趣味ならかなりかわいいお店だったんじゃないの。そこに行った勇気に免じて、麻美の彼氏として認めてあげることにするわ」
「千鶴~、何様発言よ~」
「千鶴様だけど、何か?」
千鶴がすまし顔で胸を張ってそう言った。二人で顔を見合わすと、同じタイミングで吹き出して笑い出したのでした。




