179 女だけのランチの席で その7
「だけど失敗だったな~。ううん、失敗とは違うか。山本さんと会ったことで、再認識してしまったのよ。私ね、年が変わってから、不安でしょうがなかったの。でも、何に対して不安に思っているのかわからなかった。でも・・・」
言葉を切って息を深く吸い込んだ。震える唇をキュッと結んでから、また口を開いた。
「千鶴の言う通りよ。私は浩二さんと山本さんを比べて・・・わかってしまったの。それに目を向けたくなかった」
涙が頬を伝って落ちていく。
「初めて・・・両想いになったの。恋は・・・いくつかしたわ。ただ憧れるだけのものから、ついて行きたいと思うものまで。でも、いつも片思いか失恋ばかり。私には恋愛は無理なんだと思っていたの。どうせ家に戻るつもりだったから、どこからかお見合いの話が来て、それで結婚することになるんだろうと思ったりもしたわ。だから、好きになった人から思われることがうれしくて、最初はこの恋のことしか見えなかった」
瞬きを何度か繰り返した。流れ落ちるままに涙は拭わなかった。
「つき合いだして早々に親から山本さんと会いたいと言われて、・・・水を差された気分だったの。私は恋愛を楽しみたかったのに、親から現実を突きつけられた気がしたから。でも、心の片隅ではわかっていたの。家を手伝っている私がお嫁にはいけないんじゃないかって。私に家族は捨てられないだろうって。・・・山本さんは、先のことを考えていないわけではないと思ったけど、つき合い始めたばかりで結婚のことなんて、考えてないと思っていたわ。・・・それに対して浩二さんは、お見合いを持ちかけられた時に、ある程度のことを考えていたんじゃないかと思うの。そんなことばかりを3週間考えていたわ。結局また山本さんと喧嘩して・・・ううん、私が怒らせたのよね。お見合いのことに決着がつくまで会わないと言われて別れたの。・・・この時ね、実は少しホッとしたの。少なくとも1週間は山本さんとのことを考えないで済むと思って。たぶんいろいろ考えすぎて疲れていたんだと思うのよ。でもね、次に浩二さんに会って断ったら、また山本さんとつき合っていけると思っていたの」
隣から手が伸びてきて、私の頬にハンカチが押し当てられた。それを受け取って涙をぬぐった。
「浩二さんと約束をした日。家まで迎えに来てくれて、私の支度ができるまで浩二さんは玄関で父と談笑をしていたの。その姿を見て・・・私は何とも言えない気持ちになったの。父が・・・笑っていたの。父は山本さんが来ても会わないって言っていたのよ。その父が笑って話している。でもそのことにショックはなかったの。逆にね、自分がその状況に納得していることのほうにショックを受けたかな。・・・本当はさっさと断るつもりだったのよ。だけど、チケットがもったいないからって、美術館に行って、そのあと喫茶店に行って・・・。またね、気がついたのよ。私ね、最初から断られるつもりだったから、作ってなかったと言ったでしょう。この時もそうで・・・一人で自分の世界に入り込んで絵画に見入っていたの。それを浩二さんは見守っているだけだった。それが、とっても楽だったの。それを自覚したら、もう駄目だと思ったわ。・・・なんでかなあ~。山本さんと会う時にはいつも構えてしまっていたのよ。好きなのに、自分を見せれなくて。・・・本当に好きなのに」
しばらく私はしゃっくりあげて泣いていた。
この間に、店員の方がお茶とケーキを持ってきてくれた。私が泣いているのを見て驚いていたけど、何も言わずに食器を入れ替えて下がっていった。
しゃっくりあげるのも涙も止まったところで、私は紅茶を一口飲んだ。この間に誰も口を開かなかった。ただ、私が泣き止むのを待ってくれていた。
私はホオ~と息を吐き出した。
「落ち着いた、麻美」
「はい。すみませんでした、京香さん」
京香さんは謝った私に微笑んでくれた。
「謝らないでいいのよ。思い出させたのは私なんだし。それよりも、もう少し話はあるのでしょう。話せるかしら」
気づかわし気に言われて、私は笑って言った。
「はい。というより、ここまで話したのだから残りも聞いてください」
◇
喫茶店を出て車に戻る時に靴擦れを起こして、かなり足が痛かったの。始めておろしたパンプスで、靴擦れの予防をしておくのを忘れたのよ。それを浩二さんには言わないでなんでもないふりをしていたんだけど、気づかれてしまって抱き上げられて車まで連れていかれたの。
◇
「はえっ?」と、菜穂子が声を出した。
◇
車に戻ってパンプスを脱がされて靴擦れの様子を見て、薬局に行ってくれたの。浩二さんが絆創膏などを買いにいってくれて、私は待っている間に手当の邪魔になるストッキングを脱いでおいたの。靴擦れは出血はしていなかったけど、皮がむけた状態だった。戻ってきた浩二さんは助手席のドアを開けて膝をついて地面に座って、手当てをしてくれようとしたのよ。
◇
「ほお~!」京香さんが声をあげた。
◇
だけど、その状態だと入ってきた車の邪魔になると言ったら、抱き上げられて後部座席に移動して、手当てをしてくれたの。・・・手当てが終わって、その・・・私はストッキングを穿こうとしたのよね。そうしたら、片付けを終えた浩二さんと目が合って・・・抱きしめられて・・・キスをされたの。




