177 女だけのランチの席で その5
京香さんの言葉に千鶴は神妙な顔をした。
「ええ。私もね、最初は容姿とかで下平さんに麻美はもったいないって思ったのよ。でも、居酒屋を出て別れることになった時に、次のお店に誘われなかったの。私は居酒屋での会話で絶対カラオケに誘われると思ったのよ。普通に楽しく会話をしていたし、カラオケに誘いたくなるような話をしていたのによ。麻美が言うように先輩に頼まれて仕方なく来たのかとも考えたわ。でもね、私達は駅に向かって歩いてタクシー乗り場で並んでいた時に、歩いてきた下平さん達を見つけたの。下平さんも私達を見つけたみたいでホッとしたような表情をしたのよ。でもすぐに私が見ていることに気がついて、視線を逸らされたけどね」
千鶴の言葉に「はあ?」と間抜けな声が私の口から漏れた。タクシーに乗る時に千鶴が何かを呟いていたけど、浩二さん達を見つけたことを言っていたようだ。だけど。
「ねえ、なんで教えてくれなかったの、千鶴」
少し非難するような声になってしまった。
「教えたら、麻美はどうしたの」
「どうしたって・・・」
逆に聞き返されて言葉に詰まった。あの時に浩二さんに気にされたとしても、私はそのことを何とも思わなかったと思う。
・・・ううん、違う。困惑したと思う。だって浩二さんは、先輩の中野さんに頼まれて仕方なく来たと思っていたもの。
「わかったでしょ、麻美。あの時、下平さん達が駅のほうに来たって伝えたとしても、麻美は気にしなかったでしょう。でもね、おばさんを焚き付けてもう一度会うようにさせた時に、私は言ったよね。『麻美は異性を知らなさすぎる』って。私もさ、麻美に邪な気持ちで近づいてくる奴を、片っ端から撃退していたのは、やり過ぎたと思っていたのよ。気がついたら箱入り娘になっちゃってさ。それに私達にも黙って東京に就職したのに、全然擦れずに戻ってきたじゃない。出会いはいろいろあったみたいだけど、麻美は自分で潰していたようだしね。それに和彦って守護者もいたんじゃ、まともに恋愛が出来るわけないじゃない。私ね、去年に、麻美に彼氏が出来たと聞いた時に、心の中でホッとしたのよ。麻美は恋も知らないまま、お見合いして結婚しちゃうんじゃないかと、思い始めていたのよ。だから笑顔で彼氏のことを話す、麻美のことがうれしかったの。それなのに、いつの間にか苦しい恋に変わっていたじゃない。そんな相手との恋なんてやめてほしかったわ。・・・私もわかっているけど、周りがやめろというと燃え上がるのが恋でしょう。だから下手な口出しはしないでおこうと思ったわ」
「・・・それにしては別れろって言ったじゃない」
「そりゃあ、そうでしょう」
風邪を引いたお見舞いに来た時に言われていたと思い出して言ったら、千鶴は真顔で返してきた。
「麻美の両親が会いたいって言ったのに、顔を見せに来なかったんでしょ。自信がないにしても不甲斐なさ過ぎよ」
フンと鼻息を吐き出して千鶴は言った。思い出してむかっ腹が立ってきたようだ。それから。
「話を戻すけど、だからね、私は丁度いいと思ったのよ。あの時の下平さんって普通の人に見えたから、もう一度会って二人で話をしてみれば、麻美も気がつくことが出来るかなって」
「それって・・・」
千鶴の台詞に私はまた言葉を失ってしまった。千鶴がこんな風に思っていたとは思わなかった。引っ込み思案な私は、千鶴の陰にいることが楽だった。だから千鶴の判断なら間違いがないと思っていたもの。いつも引っ張っていってくれる千鶴に、ついていくだけでよかったから・・・。
ああ、そうか。京香さんが原田さんを紹介したかった理由が分かった気がする。私は自分から動けないから、引っ張っていってくれる人のほうが合っているんだ。山本さんは私と居るとリードしてくれたけど、強引さはなかったもの。
「・・・あれ? ねえ、千鶴。浩二さんが普通の人に見えたって言ったけど、浩二さんは普通じゃないの?」
「何を今更」
千鶴が呆れた声を出した。
「あの電光石火の早業には驚いたわよ」
「なにそれ」
菜穂子がワクワクとした声で言った。
「あのねえ、麻美が山本さんと別れを決めたらね、下平さんは心配だからと」
「わ~! 待って」
勝手に話そうとする千鶴の口を私は塞いだ。
「ちょっと、麻美。面白そうなことを隠すつもりなの」
華子女史まで本音駄々洩れの台詞を言った。
・・・って、私の話は娯楽じゃないやい!
「あら、人の恋バナほど面白いものはないじゃない」
菜穂子の言い方に私はムッとして、黙ってしまった。そうしたら仲裁するように京香さんが口を挟んできた。
「こら、あんたたちは。麻美をいじるのはやめなさい。それじゃあ話が進まないでしょう。千鶴がどういうつもりで見合い相手と、もう一度会うことにさせたのかは分かったわ。麻美、続きを話して頂戴」
「・・・まだ、話さないといけないんですか」
「話したくなければそれでもいいけど、それなら私も話せないわよ」
二度目に浩二さんと会ったところから話すとしても、至極簡単にしたら千鶴が混ぜっ返してくるのは目に見えている。でもあまり詳しくは話したくない。
迷いながら私は口を開いたのでした。




