175 女だけのランチの席で その3
京香さんは千鶴の言葉にもっと苦い顔をして笑った。
「あら、千鶴に睨まれるほどのことはしていないわよ、私は。本当に出会いの場を設けただけだったのだから」
「それはわかっています。でも、特定の人を紹介しようとしていたなんて、話が違うじゃないですか。私が知っているのは、京香さんが開いた合コンパーティーで、麻美が彼氏を見つけたってことだけなんですけど」
京香さんはため息を吐きだした。
「だから、いま言った通りよ。それ以上のことは画策していないから。それよりも相変わらずのようね、千鶴は。麻美に何かあると猫のように毛を逆立てて威嚇して。千鶴がそんなだから今まで麻美に彼氏が出来なかったんじゃないの」
京香さんの指摘に千鶴が「うっ」と言葉を詰まらせた。どうやら自覚はあったようだ。
・・・いやいや。その前に私には出会いの場がなかっただけなのだけど・・・。
「まあ、いいわ。なんやかやあったみたいだけど、麻美も結婚が決まって幸せそうだし。麻美が幸せならそれでいいのよ」
京香さんは納得したような声を出して頷いた。
ゴトン
華子女史が持っていたコップをテーブルに叩きつけるように置いて、京香さんのことを睨みつけた。
「待ってください、京香さん。一人で納得しないでくれませんか。私と菜穂子は本当に何も知らないのですけど。麻美の初カレが京香さんの開いた合コンパーティーで出会ったことも、初耳です。それに私達に頼み込んで麻美に会いたかった理由はなんですか。『麻美が幸せならいい』って、なんの含みがあるのですか」
華子女史の言葉に菜穂子も頷いた。そういえば、気になることがあるって言っていたっけ。
「あら、華子と菜穂子は麻美から聞いてないの」
「ええ、残念ながら」
「私もです。というか、京香さんが麻美に元カレを紹介したのなら、私は文句が言いたいですけど」
菜穂子も京香さんのことを睨むように見つめた。
「何かしら」
「なんであんな男を紹介したんですか。全然麻美に合わないような奴を!」
「ちょっと、待って。菜穂子、なんか誤解してない。私と山本さんは円満に別れたのよ」
菜穂子の剣幕に驚きながらも、私は口を挟んだ。
「円満? 別れた時はそうかもしれないけど、その前に麻美に心労かけたでしょうが!」
菜穂子は私のほうを見て、咬みつくような言い方をした。華子女史も頷いているから、二人はあの頃の私の様子を千鶴にでも聞いたのだろう。
そう思ったのに、すぐに華子女史が否定してきた。
「違うわよ、麻美。私と菜穂子は麻美がやつれた姿を見ているの。あの時は千鶴と一緒だったわね。声を掛けようと思ったら、タクシーに乗って行っちゃったのよ」
思わず千鶴の顔を見てしまった。千鶴も私の顔を見てきたけど、それってあの日のことよね。
「ああ、それじぁあ、私が麻美を見かけた日と同じかもしれないわね。確か2月の終わり頃だったわ。私が千鶴と待ち合わせしていた麻美を見かけたのは。最初は麻美だと気がつかないくらいだったのよ。表情もさえなかったから、航平とうまくいってないのかと思ったし。そうしたら4月の終わり頃に航平と会ったら、麻美と別れたというじゃない。理由を聞いたら、それじゃあ仕方がなかったと思ったわ」
「理由って?」
「麻美の家の事情よ」
『ああ~!』
華子女史と菜穂子も、その言葉で別れた理由は納得したみたいだった。「でも」と、瞳をきらめかせて菜穂子が言葉を続けた。
「なんかさ、それだけじゃないんでしょ。麻美にしては下平さんに捕まるのが早かったし。どういうことがあったのか、説明して」
「いや、そんな説明するようなことはなかったから」
私はあの、あれこれを話したくなくて、否定をした。その様子を横目で見ていた千鶴が口を開いた。
「もちろんあったに決まっているじゃない。麻美が話しにくかったら、私が語ってあげるけど、どうする?」
・・・千鶴に任せたら、誇張されてあることないこと言われることになるに決まっている。観念した私は、肩を落としてジト目でみんなことを見つめた。
「話すのはいいけどさ、お店に迷惑じゃないの」
「そこは大丈夫よ。ちゃんと長時間押さえてあるから。この後、お茶の時間にケーキも来るわよ」
なんか、最初から仕組まれていたみたい。一つため息を吐き出すと、私は言った。
「それで、どこから話せばいいの」
「そりゃあ、最初からよ。その山本さんと出会った合コンのことからね」
菜穂子は期待に満ち溢れた視線を私に向けてきた。その視線をにらみ返してから私は、合コンパーティーでの出会いから、告白されてつき合うようになったいきさつを、簡単に話していった。年が明けてからうまくいかなくなって別れることになったと言ったら、千鶴が口出ししてきた。
「駄目じゃない、麻美。ちゃんとうまくいかなくなったもう一つの原因を言わないと」
「ええ~、何々? 千鶴の言い方だと何かあったのね」
と、菜穂子。だから、余計な期待を持たせないでよ、千鶴さん。
「麻美のおば様がね、麻美のお見合いを頼んじゃったのよ」
「お見合い!」
「それで、それで?」
華子女史まで身を乗り出すようにして、千鶴の次の言葉を待っている。
「そのことをついポロリと言っちゃって、彼と喧嘩したのよね」
「まあ、そうなっても仕方がないわね」
京香さんまで相づちを入れたのでした。




