168 新婚旅行の予約について *
隼人の家をあとにした私達はその足で、あるところに向かいました。そこのそばの駐車場に車を止めて店舗に入っていく。
「いらっしゃいませ」
すかさずカウンターにいるお姉さんが挨拶をしてくれた。私達はそこに近づいて行った。勧められたので椅子に座った。
「本日はどういったご用件でしょうか」
お姉さんが笑顔で聞いてくれた。私は持ってきたチラシを取り出した。
「このドイツとスイスをめぐる旅の予約がしたいのですけど」
浩二さんが指で示しながら話してくれる。私は浩二さんに任せるつもりで黙って座っていた。
「こちらですか。少々お待ちください」
お姉さんはパソコンを操作した。何かを確認して軽く頷くと笑顔を向けてきた。
「お客様、いつ頃のご予定でございましょうか」
「えー、実は4月に結婚しますので、その新婚旅行で行きたいと思っています」
「まあ、それはおめでとうございます。お式は何日でございますか」
「4月の一週目の土曜日です」
「それでしたら・・・お客様、こちらの広告に掲載されていますのは、2月までのご出発のツアーとなっております」
「このツアーは4月にはないのですか」
「少し内容は変わりますが、ほぼ同じ内容のツアーがございます」
「では、そちらをお願いします」
「承知いたしました」
お姉さんはてきぱきとパソコンに打ち込んでいく。
「出発日のご希望はございますか」
「出発日ですか」
「はい。結婚式が終わってすぐに移動をしまして、そのまま日本を発つこともできますが」
ああ、そういうことか、と思っていたら、浩二さんが私の耳に小さな声で囁いてきた
「麻美はどうしたい?」
「う~ん、かなり慌ただしくなるよね~。あっ、そうだ。二次会とかってあるの?」
私の問いかけに浩二さんが「う~ん」と唸った。たぶん今までに出た結婚式のことを思い出しているのだろう。
「確か二次会がどうのと、浅井に言われた気がする」
ということは確実に二次会もあると見た。浅井さんに確認案件ね。
「えー、そうですね、結婚式の翌日でお願いします」
「はい、承りました。ですがお客様、こちらのツアーは最小催行人数が10名となっています。もしもですが、人数がお集りにならなかったらどうなさいますか」
また浩二さんが小声で聞いてきた。
「どうする、麻美」
「どうするって言われても、浩二さんのほうでしょ、困るのは」
私の返しがわからないのか、瞬きをする浩二さん。
「ねえ浩二さん、結婚式と新婚旅行関係でどれだけお休みが取れるの」
「そうだな~、有給が溜まっているけど、長くて2週間くらいかな」
私はその答えに、あの新婚物語のことを思い出しながら、浩二さんに言った。
「あのね、私が好きな作家さんで自分の結婚の時のあれこれを本に書いている方がいたのね。その作家さんは新婚旅行のことを忘れていて、出発日が結婚式から数日経ったものになったのよ。だから出発日まで旦那様は仕事に行って、改めて新婚旅行に向かったのね」
「そういうことか」
浩二さんは頷いた。お姉さんのほうを向いて真面目な顔で言った。
「では、なるべく結婚式から近い日でお願いします」
「わかりました。それでは、第一希望の出発日が4月の最初の日曜日で、第二希望が月曜日。それ以降にずれることはあまりないと思われます」
「どうしてでしょうか」
浩二さんの問いにお姉さんはにっこりと笑った。
「このツアーに参加する方は、お客様のように新婚旅行で行かれるか、ご年配の時間に余裕がある方が多いのです。そうなりますとお式の次の日か、そのまた翌日に出発されるものを選ばれます。と言いますのも、こちらの出発空港は成田になりますので、そこまでの移動を考えなくてはなりません」
お姉さんに言われて私と浩二さんは理解したと思う。このツアーは私達が住む地域だけに募集したものではなくて、全国に向けて募集をしているのだということを。
「ではご予約は承りました。ツアーの出発日が決まりましたら、ご連絡致します」
「はい。よろしくお願いいたします」
浩二さんの言葉に私も一緒に頭を下げた。そして席を立とうとしたら、お姉さんが話し掛けてきた。
「お客様、もう一つよろしいでしょうか」
「はい、なんでしょう」
「お客様はパスポートはお持ちですか」
浩二さんと顔を見合わせたけど、二人して首を横に振った。今まで海外に行くようなことはなかったから、パスポートなんて持っているわけがない。
顔をお姉さんのほうに向けたら、お姉さんは再度にっこりと笑った。
「まだ急がなくても大丈夫ですが、パスポートの申請はお早めにすることをお勧めいたします」
「もしかして申請しても、すぐにはもらえないのですか」
「はい。時期にもよりますが、大体2週間から3週間ほどを、見ていただいたほうがよろしいかと存じます」
そうかー。パスポートの申請にはそんなにかかるんだ。
「まずは申請用紙をお持ちになり、手数料や写真や戸籍謄本を添えて申請することになります」
ということは申請用紙を貰いに行って、何を必要とするか確かめた方がいいみたいね。
「申請は土日でもできますか」
「確か、平日のみだったと思います」
「そうですか。いろいろと教えていただきましてありがとうございました」
浩二さんと共に再度頭を下げて、私達はお店をあとにしたのでした。




