165 隼人の家で・・・って、おい!
和彦は自分の頭を乱暴に掻いて、顔をしかめた。
「やられた。お前最初からこれを狙っていたのか」
「さあ、どうだろうね~。でも、さっき言ったことは本心よ。最悪の事態になってたら、どうしてくれる気だったのかな~、って思ってね」
私も顔をしかめて、でも明るい声で言ったの。
「その場合、婚約破棄だろう。でも慰謝料は取られることはないのじゃないか」
「どうしてそう思うのよ」
「だって、結納金があるだろう。婿取りだから、相場の二倍だって聞いたぞ。それでいいんじゃないのか」
「甘い! あのねえ、結納金って支度金なのよ。それを使ってこれから二人で生活するための家具などを揃えるの。それをもう用意していた場合、不要になったその家具をどうしろっていうのよ。売るにしたって、買った金額で引き取ってくれないだろうし。あとねえ、結婚式のキャンセル料やらもかかってくるのよ。そういうもろもろを含めた、余計な費用についてもどう考えてたのかな。ん?」
私は半眼でみんなのことを見据えていった。みんな目線を合わせないようにわずかに逸らしていた。
やっぱりこいつら、わかってねえ~!
チラリと浩二さんのことを見上げた。浩二さんは頷いて口を開こうとした。その時、聞いたことのない声が聞こえてきた。
「すみません。うちのが本当にご迷惑をおかけしました。渡辺さんのことを思うあまり暴走してしまったのです。私からも謝罪させていただきますので、どうか許していただけないでしょうか」
私と浩二さんは扉の方を向いて、そこに立っていた女性を見つめた。女性は生後3か月くらいの赤ちゃんを抱いていた。それに2歳くらいの男の子までいた。女性は軽く頭を下げてから中に入り、修二の隣に正座をした。女性の足に張り付くようにしていた、2歳くらいの男の子まで同じように正座をしている。
「本当に申し訳ありませんでした」
それと共に頭を下げる。それだけではなく、男の子まで頭を下げている。
え~と、これは・・・。
「あの~、あなたはどなたなんでしょうか~」
菜穂子が首を傾げながら訊いた。
「名乗りもせずにすみません。私はこの、伊藤修二の妻で弓子と申します。以後お見知りおきください」
「・・・は?」
口から疑問の声が漏れた。部屋の中のほとんどの人が驚いた顔をしている。驚いていないのは、場所提供の隼人と恭介だけだった。
「本当にうちのは短慮で浅慮なんだから、余計なことをしないようにと、常々言っていたんですよ。でも、私のいうことなんか聞かないんですから。だから、こんなことになっているのよね」
そういうと弓子さんは修二の耳をつかんで、捻った。
「いて~って。なにすんだよ」
「あんたが余計なことをしたからでしょうが」
そういってぽかりと修二の頭を叩く弓子さん。
「余計なことってなんだよ。俺は和彦のことを思って、悪役を演じたのに」
「それが余計なことでしょう。ただでさえあんたは雰囲気怖いんだから、そんなあんたに脅されたらトラウマものでしょう」
「気にしてんだから、怖いゆうなよ」
・・・目の前で始まった夫婦漫才をどうしよう。・・・じゃない。
「あの、ちょっといいですか、弓子さん」
「はい、なんでしょうか。・・・沢木さんでいいんですよね」
私が声を掛けたら弓子さんは修二を締め上げるをやめて、私のほうを見上げてきた。
「修二の奥さんということですが、いつから」
「もう3年になりますね」
「この子たちは?」
「私達の子供です」
ですよねー。・・・って!
「ちょっと、修二! なんで言わないのよ。恭介、隼人! あんたたちは知っていたの」
修二から二人に視線を向けたら、慌てて首を振る恭介と隼人。
「俺は修二が隼人の家に来て知ったんだ」
「俺も。まさか結婚して子供がいるとは思ってなかった」
二人の言葉にみんなの視線が修二に集中した。その中で修二がヘラリと笑った。
「そのさ~、出来ちゃった結婚だったんで、皆に話しづらくて」
『そういうことは、早く言え!』
皆で見事にハモリましたよ。
そんな中、私は和彦のことを見た。和彦も私の視線に気がついて、見返してきた。その瞳はこう語っていた。(やっちまえ)と。
私は軽く頷くと浩二さんのことを見つめた。浩二さんも私を見つめて頷いた。やはりその瞳が語っている。(気のすむようにやってしまいな)と!
私はおもむろに口を開いた。
「隼人、古新聞とセロハンテープか輪ゴム持ってきて」
「・・・わかった」
すぐに新聞とセロハンテープを持って戻ってきたのでそれを受け取り、新聞をきつく巻いてセロハンテープで止めていく。
出来上がったものを見て、修二は顔を引きつらせながら聞いてきた。
「麻美、それをどうするんだ」
「これ? もちろんこうするのよ! ・・・の、前に弓子さん。子供の目を塞いで向こうを向いていてくださる?」
察した隼人に連れられて、弓子さんと子供は部屋を出ていった。
「さあ、憂いは無くなった。覚悟!」
私が棒状の新聞を構えると、修二の腕を和彦と浩二さんが、がしっとつかんだ。
「この、この、この~!」
と、私は修二に向けて新聞を振り下ろしたのでした。




