163 忘れていた新婚旅行のこと *
12月2週目の土曜日です。私と浩二さんは結婚式場に来ています。招待状の文面の最終確認と、招待客の名簿の確認です。招待客は両家あわせて119名になりました。これに私達と仲人も含めると123名です。えーと、両親や兄弟も含めた人数ですね。テーブルは丸テーブルで全部で14。8名~9名が座ります。
浩二さんと文面を確認して・・・そうか~、結婚式に呼ばれたことがまだなかったから、こういう風に書かれるんだと、初めて知りました。
「結婚式の返信のハガキはどうしますか」
丸山さんが聞いてきた。なんのことかわからずに浩二さんと顔を見合わせた。
「ああ、言葉が足りなくてすみません。返信の宛先をどこにしますかという、意味です」
「それって、どうするのがいいのですか、哲夫さん」
「これは式を挙げる新郎か新婦の名前が多いですね。どちらかにまとめてでもいいのですが、どちらの招待客かわかるようにそれぞれの名前にもできますよ」
その方がわかりやすくていいのかもしれない。
「そうですね、それでお願いします」
浩二さんの返事に、丸山さんは注文用紙の返信ハガキの宛先の部分に、浩二さんと私の名前と、それぞれの住所と、招待客の人数を書きこんでいった。それが済むと、顔を上げてにっこりと笑った。
「麻美さん、明日ドレスを選びにいらっしゃるんですよね。お待ちしていますね」
「哲夫さん、俺も一応タキシードを合わせに来るんだけど」
「ああ、男は添え物だからな。適当に選んでおけばいいから」
「添え物って、身もふたもない言い方しないでくれよ」
丸山さんと浩二さんの掛け合いに笑ってしまう。けど、次に言われた言葉で私は固まってしまった。
「そういえば、浩二はどこに決めたんだ」
「どこって、何を」
「新婚旅行だよ。やっぱり海外にしたんだろう。ハワイか。それともグアムかサイパンあたりか。最近人気のニュージーランドとか」
浩二さんが私のことを見てきた。私も浩二さんのことを見つめた。・・・うん。すっかり忘れていました。まだ早いよね、という話をしたのは7月だったか、8月だったか。どっかの誰かが書いた結婚物語みたいに忘れてました。
「えーと・・・」
言い淀む浩二さん。それを見て丸山さんは眉を寄せて浩二さんのことを見つめた。
「まさか、忘れていたのか」
「そのまさかです。まだ早いなと一度話をしたけど、その後は忘れていました」
「そうか。まあ、まだ大丈夫だと思うけど、そろそろ決めておかないと希望の出発日にならなくなるかもしれないからな」
丸山さんの言葉に頷く浩二さん。この後、明日のことをもう少し話して、私達は家に戻りました。
新聞を置いてあるところから広告を抜き出して、旅行のチラシを取り出した。それを持って2階の私達の部屋へ行った。
少し前まで何もなかったのに、今では少し生活感が出てきている。テレビなどのオーディオに、浩二さんのタンス。押し入れには新しい布団が二組入っている。どれも浩二さんが持ってきたものだ。あと、ホットカーペットもある。一応こたつもあるけど、今はホットカーペットをつけている。
二人で並んでチラシを見ていたら、浩二さんが聞いてきた。
「麻美はどこか行きたいところはあるかい」
行きたいところ・・・行ってみたいところならいっぱいある。世界の七不思議と云われるところに、もし機会があるのなら行ってみたいとは思う。でも、その前に、私には困ったことがあった。
「えーと、その、予算次第かな~」
そうなのよ。結婚式の費用を、すべて親におんぶに抱っこの状態の私だもの。これ以上親に負担を掛けたくないけど、私の貯金じゃ外国ならハワイに行けるかどうかしかないもの。それも日数次第では、親にお金を借りなければならないよね。
なのに、浩二さんはにっこりと笑ったの。
「それなら、心配いらないよ」
「えっ、まさか、浩二さんがすべて出すというの」
「そうなんだけど、そうじゃないんだ」
浩二さんの説明は私の心を軽くするものだったの。
結納の時にうちで用意した結納金。婿取りだから相場の倍。あのお金は浩二さんの物を用意するのに使われたけど、高額なもの(例えば車など)を買わないから、かなり残っているそうなの。下平のご両親も結婚式の費用は親の自分たちが出すから、結納金は浩二さんの好きにしていいと言われたのですって。ということで、これを新婚旅行の費用にあてようということでした。
「それで、麻美が嫌でなければ、是非とも海外に行きたいんだ。それもハワイなんてありきたりなところじゃなくて、もっと別の場所に」
浩二さんの言葉に私は思わず口をついて出た言葉があった。
「それなら、この、ドイツ、スイスをめぐる旅でもいいの?」
私が指さしたチラシをみた浩二さんが笑った。
「ヨーロッパか。もちろん。じゃあ、このツアーに申し込むことにしようか」
「えっ、でも、こんなに簡単に決めていいの」
「麻美が行きたいんだろう。俺も行くならヨーロッパに行きたかったから、国はどこでもいいんだ」
と、いうわけで、あっさりと新婚旅行先は決まったのでした。




