150 思い出したくない・・・誤算の事
「麻美、もういいにしよう。思い出して辛くなるのなら、思い出さないほうがいいから」
浩二さんの言葉に私は「逆よ」と言った。
「逆?」
「そう、後で思い出して嫌な思いをするくらいなら、いま吐き出して忘れてしまいたいのよ。だから、聞いて?」
浩二さんは何か言いたげにしたけど、渋々という感じに頷いた。たぶん私が言わないと溜めこむ質だと気がついたのだろう。
「じゃあ、さっきの続きから」
修二に触られるのが嫌で腕を振り回したりしたけど、簡単に抑え込まれてしまって男の人の怖さを感じたの。あと、修二の勝手な言い分に腹が立ったけど、力では敵わないから、後で泣き寝入りだけはしないと思ったわ。
ホテルの入り口まであと数歩というところで、和彦が駆けつけてくれて修二を殴り飛ばしたのよ。二人の会話でどうやら修二は、自分の気持ちにけじめをつけるために告白するとみんなに話していたみたい。でもねえ、冷静になった今になってみると、どうも修二の行動って計画的だった気がするのよ。
「計画的って?」
私の言葉に思わずという感じに浩二さんが言葉を返してきた。
「だっておかしいもの。いつもより2杯多く飲んだくらいで、あそこまで酔わないわよ。それで思い出したのはあそこの居酒屋って、修二の友達がいるのよ。だから、その友達を巻き込んで私に濃いめのカクテルを飲ませたんじゃないかと思ったの」
浩二さんの握った拳がわなわなと震えている。
「でも、これは和彦のおかげで未遂に終わったからいいわよ。でもその後に言われた言葉に、ショックを受けたわ」
「言われた言葉って?」
「和彦が言ったのよ。私が手相占いをすることができたから、私の結婚相手になりえないって」
「それって・・・」
言いかけて言葉に詰まる浩二さん。私が浩二さんの手相を視た時のことを思い出しているのだろう。あの時は浩二さんも恋愛が絡まなければ他の線は占えたもの。あのあと、浩二さんの手相を視ていないから、現在、占えるのかどうかわからないし。
「修二は、和彦に連れられて私がそこを離れたあと、他のみんなが修二の所に集まっていたから、あのあとみんなに責められたと思うのね。場合によっては隼人に落とされたかもしれないし」
隼人は柔道の段持ちだって聞いたことがあったから、それを思い出しながら口にした。
「落とすって」
「えーと、柔道とかで技を決めて意識を失わせるのを落とすって言わなかったかしら」
柔道はやったことがないから、浩二さんに確認してみたら頷いてくれた。
「麻美は怒っているんだよな」
私が静かに言ったからか、浩二さんが訊いてきた。
「怒っているわよ、もちろん。出来ればもう、顔を見たくないくらいに。でも、たぶん腐れ縁は続くのだと思うし」
私はぶちぶちと言った。また浩二さんの眉間にしわが寄った。しばらく黙った後、浩二さんが口を開いた。
「麻美は伊藤君とまだ会うつもりなのか」
「会いたくないけど、会う羽目になると思うけど」
「それなら会わなければいいだろう」
「だから、修二と会わないことにすると、和彦とも会えなくなるんだけど」
浩二さんは和彦の名前を出したらムッとした声を出してきた。
「麻美、和彦君のことを嫌いだって言うのなら、会えなくなってもいいのじゃないか」
「だから、それは困るんだってば」
「困ることはないだろう」
「困るのよ。あんなでも一応親戚なわけだし」
「親戚といったって兄妹とかじゃないだろう。会わなくたっていいじゃないか。それとも和彦君と会うことで、いい顔したいやつでもいるのか」
「いるわよ、悪い。自分が知らないところで、心のよりどころになってくれたって、私のことを神のように崇めてくれるおじさんがいるのよ。その甥である和彦がうちに顔を出せなくなったら、勘ぐって問いただしてバカ彦の代わりに謝罪してくるんだわ。せっかく父さんともいとことして仲良くできているのに、こんなことで波風立てたくないわよ」
浩二さんと言い合っているうちに、ほとんど喧嘩ごしになってしまった。こんなつもりじゃなかったのに、言葉が止まらなかった。興奮したからかまた涙が滲んできた。
浩二さんがふうと息を吐き出した。浩二さんも頭に上った血を、下げようとしているみたい。頭を軽く振っている。
「麻美が何を言いたいのかわからない」
ため息と共に吐き出された言葉に、私は頷いた。
「そうでしょうね。うちとおじさんの関係がわからないと、私の言葉に納得できないわよ」
私もふうっと息を吐き出した。
ああ~、もう。本当に嫌になるったら。絶対面倒くさいことになるのがわかっていたから、就職したついでに距離を置こうとしたのに。それが私が家に帰るのにあわせて集まるってなにさ。誤算もいいところだわ。
と、心の内で呟いたつもりだったのだけど・・・。
浩二さんに両肩をつかまれて顔を覗き込まれたのよ。
「麻美、誤算ってなんだ。それに彼らと距離を置こうとしたというのは。本当は彼らと会うのは苦痛だったのか」




