145 友人たちとの飲み会 その4
その言葉に私は目を閉じた。回らない頭で必死に考える。
「それにな、修二のことは気にするな。あいつが純粋に麻美のことを好きだったのなら、俺だって邪魔はしなかったからな」
和彦の言葉に目を明けて、私は視線で『なんのこと』と問うた。和彦は苦笑を浮かべると続きを話してくれた。
「あいつって次男なんだよ。家を出ていく立場なんだ。今時こんなことを考えるやつがいるのかって思ったけど、あいつは昔っから農家の婿になれば、後々楽だよなって言ってるような奴だったんだ。ほら、困った時には土地を売ればいいって思っていたんだよ」
「・・・なにそれ。さいってー」
低い声で呟けば和彦の苦笑が深まった。
「まあ、半部は冗談だったけど20歳を過ぎたあたりから、あいつの麻美を見る目に嫌なものが混じりだしたから、千鶴が警戒してお前に近づけないようにしだしたんだ。俺は千鶴に巻き込まれたくちだけどな」
千鶴はそうやって私を守ってくれてたの? 和彦も?
「だからな、今回のことは俺たちが中途半端なことをしたのが一番の原因だから、気にするな。麻美は悪くない」
優しく諭すように言われたけど、そう言う風には思えない。
私が調子に乗ってみんなの手相占いをしたから・・。
それが当たっているって言われるのがうれしくて、何も考えずに占って・・・。
高校の時だってそうよ。私が占わなければ、担任の先生の離婚歴だってみんなに知られなかったのに。
いつも、余計なことばかりして・・・。
「こんな力いらない。なんで消えてくれないの」
下を向いて呟けば、和彦の手が頬から顎に移動した。顔を上げさせられて、和彦と目が合う。
「だから・・・あんな奴に処女をくれてやったのか」
和彦の言葉に背筋に震えが走った。
ああっ、と思い出す。あの時、どうしようもない気持ちを抱えて和彦のところに行ったっけ。何も言わずにいさせてくれて、私が浮上したところで問い詰められたのよ。私の代わりに怒ってくれたのはうれしかったけど、もともとは私が蒔いた種だもの。自分で刈り取っただけなのに。
感情の見えない瞳で、私の目を覗きこむ和彦。
「処女じゃなくなれば、その力は消えると思ったから、あいつに捧げたのか。自分が傷つくのがわかってて?」
「そんなんじゃないって言ったよね。私はあの子のことを、からかい過ぎた責任を取っただけよ」
「それこそバカなのは麻美だろ。あのガキは麻美の優しさにつけこんだんだよ。麻美のことを好きだったわけじゃなくて、手近にいる手を伸ばしやすい女だったから、麻美のことを抱いたんだろ」
「だから違うってば。そんなんじゃないってば」
「どこが違うっていうんだよ。お前はあのガキに好きだと言われたのか。言われてないだろう。あの後にお前のところに連絡を寄こさなくなったのがいい証拠だろ」
私は視線を逸らしたけど、顎から手を離してくれないから、視界には和彦の顔が入っている。その和彦の顔が優しい表情を浮かべた。
「わかっているよ。麻美はあのガキのことが好きだったんだろ。相手に思ってもらえなくても、初めての相手として覚えていてほしかったんだろ」
違う・・・と、口を開こうと思ったけど、言葉にならない。そうよ。本当はわかっていたわよ。あの子には同じ予備校に通う好きな子がいるって。ただの好奇心なのか、それとも自分には経験があると自信をつけたかったのかは知らない。
「お前は気持ちを隠すのがうまいから、あのガキは気がつかなかっただろうけどな」
でも、頬を染めて恥じらうように誘ってきて・・・それがかわいいと思ったの。一生懸命なところが好きだと思っていた。だから、まあ、いいかなと思ったの。
「お前だって年上というプライドがあったんだろ。だからみっともないマネはしたくないって、お前からは連絡をしなかった」
加減がわからくて歯をぶつけてしまったキスとか、ぎこちない愛撫とか。でも・・・。
「だけど、結局お前が傷ついたことは変わらなかった」
私は傷ついたというより、自分の気持ちがわかっていなかった。
あの子のことは後輩として好きだっただけ。そういう対象者には思っていなかった。
だから、落ち込んだ。
世間ではセフレとかいって、つき合いを深刻に考えない風潮になってきていたけど・・・。
気軽に交際をして体を許して・・・。
私にはそんなことはできないと思い知らされた。
「慰めるために抱くのは簡単だけど、それが自信につながる性格はしてないだろ、お前は」
顎をとらえていた手が離れ、また頬に移動した。今度は優しく撫でてきた。
「だから安心しろ。もうすぐ浩二さんが来るから」
「・・・えっ?」
言われた言葉がわからずに聞き返す。
「浩二さんに連絡したの?」
「ああ。俺のところに泊めるわけにはいかないし、家に帰して一人にするのも心配だし。それなら浩二さんといたほうが心が安らげるだろ」
浩二さんと顔を会わすの。これから? どんな顔をして会えというの。
私は力が入らない体を叱咤して立ち上がった。そうして玄関に向かって歩いていく。
「おい、麻美、どこに行くんだ」
和彦の問いかけに「帰る」と一言だけ答えた。そうしたら、和彦に手をつかまれた。




