143 友人たちとの飲み会 その2
私の言葉にみんなは黙ってしまった。私はグラスを持って一口飲んで、言葉を続けた。
「本当は仲間内で一組くらいカップルが出来るかと思ったけどね。全然そんな雰囲気ないんだもの。つまらないじゃない」
口をとがらせてそう言ったら、和彦が長い溜息を吐き出してから、私の頭に手を置いてぐりぐりと乱暴に撫でてきた。
「ちょっと、痛いじゃない」
「麻美を甘く見てたわ。お前、よく気がついたな」
「よくって・・・見ていればわかるでしょ」
「その割には自分のことはわかってないよな」
「なによ、それ。どうせ、私は非モテ女よ」
「そんなことないだろう。お前のこと好きだってやつ結構いたぞ」
「だから、そんな覚えはないってば」
和彦の手を外しながらそう言ったら、華子女史が言った。
「渡辺君が言うように、麻美を甘く見ていたわ。私は菜穂子と智樹がつき合っていたなんて気がつかなかったもの」
「でもさ、麻美の言う通りだよな。俺たちの中にくっつきそうなやつらって、もういないよな」
華子女史の言葉を皮切りに、みんながまた口を開きだした。ワイワイと当時のことを話している。ただ、修二だけ「俺のことだけ・・・」と呟いていたのよ。
お店を出る時間になり会計を済ませてから、私はトイレに行ったの。なんか調子に乗って少し飲みすぎたみたい。少しふわふわしているしね。トイレを済ませて店の外に出た時には、修二以外のみんなはいなかった。いつもなら千鶴は必ず待っていてくれるのに。
そう思いながらも修二に「待っていてくれてありがとう」と笑いかけた。修二は「別に」とそっぽを向いたけど、私が隣に来たら同じ歩調で歩いてくれた。前から来た人とすれ違う時に肩が触れてよろけてしまったら、「危ないな」と修二に肩を抱かれるように支えられた。そのまま人を避けるように歩く修二に、肩を抱かれたまま歩いていく。しばらく歩いて「ん?」となった。そういえばいつも行くカラオケ店はこっちじゃない。
「ねえ、修二。違う方向に行っているよ」
「いいや、間違ってないよ」
グイッと引っ張られるように角を曲がり、もう一度角を曲がって目に入ってきたネオンに、どこに連れていかれそうになっているのか気がついた。私は足に力を入れて立ち止まる。修二は私を連れて行こうと腕に力を入れた。
「待って。ねえ、冗談はやめてよ」
「冗談じゃないと言ったら」
目が合った修二は何を考えているのかわからないような目をしていた。私は逃げようと修二から体を離そうとしたけど、逆に抱きしめられてしまった。
「なんで気づかないんだよ。俺はずっと麻美のことが好きだったのに。こんなにそばにいたのに。あいつが邪魔しなければ、今頃麻美とつき合っていたのは俺なのに」
耳元で聞こえてくる内容に私は目を見張った。そんなの知らない。修二にそんな目で見られていたなんて、知らないもの。
痛いくらいに抱きしめられても、嫌だという気持ちしか湧いてこない。
「修二、離して。ねっ。冷静になろう。私はもう結婚が決まっているのよ」
そう言ったら、修二がびくりと動いた。顔が動いて見つめ合う形になった。
「そんなの別れればいいだろう。今からでも俺を選べよ」
「そんなの出来ないよ。私は浩二さんとこれからの人生を歩いていくって決めているから」
きっぱりと言い切ったら、修二の顔が歪んだ。泣きそうな悔しそうな顔が私の目に映る。
「じゃあ・・・最後に思い出をくれよ。それでお前のことを忘れてやるから」
そう言った修二に唇を唇で塞がれた。嫌だ、触るなと、腕を振り回したけど、やすやすと捕まって、尚更身動きが出来なくなった。乱暴な口づけに怖くてがくがくと震えて来て、足に力が入らない。おとなしくなった私を抱えながら、引きずるようにホテルの入口へと向かう修二。
「やだってば、やめて。ねえ、修二」
「いい加減、観念しろよ。出来れば俺だって優しくしてやりてぇんだからよ」
勝手な言い分じゃない。私の気持ちなんてお構いなしなんだ。私には大切な友人だったのに。修二の気持ちに気づかなかったのが悪いっていうの。
あと5歩・・・4歩・・・3歩。
その時、足音が聞こえたと思ったら、修二が殴り飛ばされた。支えがなくなった私はそのままペタンとアスファルトに座り込んだ。
「お前は何をしているんだ、修二」
「なんで、お前がくるんだよ、和彦」
倒れた修二の胸倉を掴みあげているのは和彦だった。ネオンに照らされた顔は憤怒の表情を浮かべていた。乱れた髪が必死に私のことを探してくれたのだと物語っていた。
「お前は麻美に告白して、けじめをつけるんじゃなかったのかよ。こんなところに来て何するつもりだったんだ」
「うるせえな。さんざん俺の邪魔をしてきたやつが何を言うんだよ。お前が邪魔をしなきゃ、麻美と結婚するのは俺だったかもしれなかっただろ」
「安心しろ。間違っても、それだけはなかったからな」
和彦の言葉に修二はギリッと歯を鳴らした。
「そんなことわかんねえだろ。今だって邪魔されなきゃ麻美に絶頂を味合わせてやったのによ」
修二の言葉を聞いた和彦は有無を言わせずに、殴りつけた。
「だから勝手な思いで麻美を傷つけるな。麻美は自分で伴侶となる人を見つけているだろう。そんなことをして麻美を不幸に落とす気か!」




