134 ただの風邪のはずが大事に? その3
目を閉じた私の耳に、和彦のため息が聞こえてきた。
「麻美は余計なことを考えすぎだ。そんなことばかり考えているから、体調を崩すんだろ」
そんなことないという気持ちと、そうかもしれないという思いが浮かんでくる。
「俺も偉そうなことを言える立場じゃないけど、ゆっくり忘れていけばいいんじゃないのか」
忘れる?
「・・・ねえ、忘れなければいけないことなのかな」
呟くように言ったら和彦の声が低くなった。
「浩二さんに悪いと思わないのか」
「・・・それって悪いことなの。・・・ううん。そうよね、悪いことなのよね。・・・うん、後ろ向きになりすぎて、変なことを考えすぎているかも」
咳が出ないように呼吸を落ち着かせるようにして、ゆっくりと話す。
「変なことって・・・また碌でもないこと考えていたのかよ」
「だから、決めつけないでよ。でもさ、体調悪いと本当に碌でもないこと考えるよね」
ため息を吐き出そうとしたら、また咳き込んだ。和彦に背を向けるように横を向いて咳をした。咳が治まったところで続きを話す。
「なんかね、いろいろ考えすぎて、もういいやって気になってさ、死にたくなった」
「おい!」
和彦の声がもっと低くなった。わかっているから、怒らないでよ。
「だってさ、いつもの風邪だと思っていたのに、こんなわけわかんないめまいを発症してさ。結納も済んでこれからは結婚まで一番楽しいときなはずじゃない。なのに体調を崩すなんて・・・」
言葉を止めて心の中で続きを呟いた。
こんなに体が弱ければ呆れられちゃうかな。ちょっと見かけただけで心を揺らすようじゃ、嫌われちゃうとか?
「麻美、誰が嫌うって?」
だから、浩二さんに決まっているじゃない。
「・・・麻美は浩二さんのことが好きなんだよな」
なんか改めて聞かれると自分の気持ちがわからない。好きな人? なのかな? ・・・嫌い・・・なわけではないし・・・そうねえ、家族として・・・愛せる人かな
「家族として愛せる人・・・な」
私は布団にもぐって温まってきて、うとうととしながら和彦の声を聞いていた。
おかしいな? 口に出した覚えはないのに。なんで和彦は言葉を返してくるの?
「和彦」
父の声が聞こえた。どうやら様子を見に来てくれたみたい。
「麻美は寝たのか」
「ええ。やっと寝ましたよ」
「悪いな。いくら言ってもおとなしくして寝てなくてな。やっぱりなんか作っていたようだったし」
「大根と鶏肉を煮たって言ってましたよ。俺が顔を出したらテーブルのところでへたってて、動けなくなってました。熱はないみたいですよね。やっぱり薬の副作用なんですか」
「それがわからないからな。医者に連れていこうにも起きているのも辛いみたいで、嫌だって言われてしまったんだよ」
父がぼやくように言ったけど、仕方がないじゃない。起きているのは本当に辛いのだもの。
「おじさん、なんでしたら明日、俺が病院に連れていきましょうか」
「そうしてくれると助かるが、和彦も仕事があるだろう」
父に言われて和彦はすぐに答えなかった。
「あー、そうでした。明日、明後日は出張でこっちにいないんでした」
「それなら麻美の様子を見て、わしが連れて行くから、気にしないでくれ」
しばらく沈黙が流れたけど、動く気配がない二人。
「そのな、和彦。・・・こんなことを聞くのは、なんだけどな・・・お前は麻美のことを」
「どう思っているかですか」
言い淀む父に和彦はズバリと言った。
「まあ、お前たちを見ていても何かあるようには見えないんだが・・・。その、な。麻美も結婚が決まったことだし・・・」
「俺が沢木家に出入りするのが邪魔なら言ってください。次からは用件だけにして長居はしないようにしますから」
きっぱりと言う和彦に、父は何と返していいのか困ったように黙り込んだ。
「一応言っておきますけど、おじさんに言えないようなやましいことはしてませんよ」
「それはわかっとる。わかっとるんだが・・・」
「距離が近すぎますか」
「まあ、そうなんだよ。だが、どう見ても色っぽいことが起こりそうな関係には見えなくてなー。幼馴染で片付けるにはわかり合いすぎているような気もするし・・・」
(そうか。父さんには和彦との関係ってそう見えていたんだ)
「ああ、それですか。それはあれです。麻美が俺を見ているんじゃなくて、沢木先輩の影を俺の中に見ているからですよ」
「喜伸の影?」
「そうです。麻美は中学の頃ブラコンで有名でしたから」
「ブラコン・・・」
ショックを受けたような父の声。
「ブラコンっていっても、俺から見たら普通に仲のいい兄妹に見えましたよ。ただ、他の異性の兄弟って学校じゃ顔を合わせても話もしないのに、先輩と麻美はよく話をしてましたからね。ブラコンって言われていたのは、半分はやっかみでしたから」
「やっかみ。それは?」
「沢木先輩って、頭はいいのに偉ぶらなくて、意外と面倒見がよかったですし、先生の信頼は厚いし後輩からも慕われてたんですよ。そんな兄貴がいるのをうらやましがられてたってことです」
(そういえば、千鶴にも言われたことがあったなー。あんなお兄さんなら欲しかったって)
「それに俺は高校の頃、沢木先輩と仲良くさせてもらったじゃないですか。おかげで本とかの嗜好も先輩寄りになって、麻美も影響を受けてたから、読む本が被るようになったんですよ。読んだ本の話ができる相手ってなかなかいないし、そんな中での貴重な読書仲間ってやつです」




