125 結納返し・・・ではなくて、結納記念品のこと *
今日は9月の2週目の土曜日です。デパートの時計売り場に来ています。
先週、結納の打ち合わせがありました。そこで、丸山さんからこう言われたのです。
「ところで、結納返しはどうしますか。下平家は」
「もちろん用意するぞ」
「では、婚約指輪は結納返しに含まれるということでいいですね」
「そうなるのか?」
みんなして疑問に思ったみたいで顔にはてなマークが浮かんでいます。代表して泰浩さんが聞きました。
「ええ、そうなります。婚約指輪が結納記念品になります。ああ、そうです。浩二の婚約指輪にあたるものはどうしますか」
「それはどういうものを用意すればいいんだ、哲夫」
「一般的には腕時計が多いですね。嫁取り婚の場合はこれが結納記念品になりますから」
「それなら来週にでも浩二と麻美さんで見に行ってくればいいだろう」
と、いうことになり、デパートに来たわけです。実は少し困ってしまったのよ。普通の結婚だと、結納記念品は婚約指輪の半額くらいのものを用意するそうなのよ。でも、今回は婿取り。その場合婚約指輪の倍の金額にしないといけないかしらと。
この点は見に行ってから決めていいということになったの。
おかげで私は心苦しくて仕方がないの。実は今回の私の結婚に関する費用は、ほぼ全額親が用意すると言っているの。理由は私に収入がないから。当たり前だけど、今の私はお小遣いをもらって生活をしているの。自分のものはそのお小遣いで間に合わせるようにしているわ。
働いていたから貯金がないわけじゃないけど、それは微々たるものだったのよ。これについては私が全面的に悪かったけど、家に戻った時に両親に呆れられたのよね。
実は私は着物が小さい頃から好きだったの。7歳の七五三の時に着た着物や、12歳の時に檀家になっているお寺で大々的に〇周年の式典があって着せられた稚児の衣装を、すごく喜んで着たもの。
働き始めて最初の2年はそれなりに貯金はしていたのだけど、ある着物に出会って自分で購入してしまって・・・。そこから着物熱が上がり何着か購入。果ては喪服を自分で用意するという暴挙に出てしまったのよ。
家に戻って私は母に怒られた。着物は私の結婚が決まったら仕立てて用意するつもりだったと。特に喪服は相手の家に入るかどうかで家紋が変わるのだからと言われたら、言い返すことはできなかったわ。
おかげで今回の結婚で着物を仕立てる手間は省けたけど、私の手元には大した金額はないから、親におんぶにだっこの状態よ。結納金のことも含めて、両親にかなりな出費をさせてしまうことが申し訳なかったの。
◇
真剣に時計を見ている浩二さん。お値段は私が選んだ指輪とネックレスの値段を足して二で割ったくらいの金額のもの。お店の人とやり取りしながら、ああでもないこうでもないと言っていた。しばらくしてやっと決まったのか私のほうを振り向いた。
「麻美、これに決めたけどいいかな」
と、私に腕時計を見せてきた。はっきり言って高級な時計の、どこがお高いのかよくわかりません!
「浩二さんがいいのなら」
そう言いながらも、何かが引っかかって時計を凝視した。
「では、こちらをお買い上げですね。ありがとうございます。包装のほうはどうなさいますか」
「あっ、はい。実はこれは結納の時に記念品として」
と、浩二さんが説明を始めたところで、私は会話に割って入った。
「ちょっと待って、浩二さん。ここを見てくれない」
「ん? どうしたんだ、麻美」
そういって私が指差したところをじっと見つめた。
「なんともないと思うけど」
「お客様、おかしいところは見受けられませんが」
店員の方も同じところを見てそういった。
「ここをもう一度よーく見ていただけませんか。かすかにヒビの様な、欠けているような感じに見えるんですけど」
店員はルーペを取り出すと顔を近づけてジッと見た。
「ああっ! 本当です。微かですが欠けています。お客様、大変申し訳ございません。同じものをお取り寄せいたしますか。それとも別の品物をお選びいただけますでしょうか」
店員が頭を下げてそういった。まだ結納までひと月はあるので、同じものを取り寄せていただくことにして、私達はデパートをあとにしたの。
そこから、ある人との待ち合わせ場所に行ったのよ。その人は私達の姿を見ると手を挙げて合図を寄こしたのね。
「忙しいところ悪いな」
「そっちこそ、ここまで来させて悪かったな、浅井」
「いや、どうせなら、結婚式場の人に聞いたほうがわかるわけだし」
そう、待ち合わせていたのは、浩二さんの友達の浅井さん。私達の結婚式にあることをしたいのだけど、結婚式場はそれを受け入れてくれるかどうかを聞きたいということで、式場の駐車場で待ち合わせたのよ。
私達は3人で式場の中に入っていったの。受付に名前を伝えて丸山さんを呼び出してもらう。
「お待たせいたしました。それで、浩二。相談というのはなんだ」
「それは浅井から聞いてくれ」
浅井さんは浩二さんと私の出会いのスライド写真を用意したいけど、それを式場で流すことが出来るかということを聞いていた。どうやら、そういうことをするのが好きなようなのよ。
「もちろんできますよ。そうですね、二人は見ることはできませんが、お色直しの間の余興にどうでしょうか」
「それで構わないです。じゃあ、下平、麻美ちゃん、これからよろしくな」
と、いうことで、写真撮りが決定しましたとさ。




