122 下平家にお泊りの日・・・
今日は8月の14日。私が住んでいる隣の市での、海上花火大会の日です。浩二さんのお母さんに誘われて、私は下平家に来ています。
浴衣と着替えを持ってきなさいというので、持ってきました。そうなんです。今日は下平家にお泊りすることが決まっているのです。
午後に下平家に来ました。そして3時くらいに私は自分で浴衣に着替えました。博美さんが「お手伝いしましょうか」と言ってくれましたが、もちろん一人で大丈夫です。博美さんは少し残念そうに見ていました。
4時少し前に夕食を食べました。5時に家を出て港まで向かうのですから。下平家ではお祭りの時にはお寿司をとるそうで、一人ずつの桶に入ったお寿司に驚きました。
5時になり花火を見に行く私たちは家を出ました。花火を見に行くのは浩二さんのお父さんの泰浩さんとお兄さんの泰一さんと浩二さんと私の4人です。佳恵さんは隆政君が小さいので行かないそうです。真佑美ちゃんも相変わらず佳恵さんにべったりです。博美さんは人混みが苦手なので行かないとか。
何故、私が呼ばれたのかと思ったら「泰浩さんを見ていてください」と、言われたのよ。放っておくと飲みすぎるとか。つまり監視役なんですね。それなら浴衣じゃなくてもいいですよね。
と、思ったけど、言えるわけないじゃない。それに花火大会に行くのが二回目の私には、泰浩さんが飲みすぎるの意味がわかりません。この間の花火大会の時は、そんなにお酒を売っているようには見えなかったもの。疑問は尽きないけど聞くに聞けなくて、私はおとなしく浩二さんのそばにいました。
駅前までバスで出て、そこで花火大会行きの臨時バスに乗り換えたのよ。花火大会の会場の近くでバスを降り、他の人たちに流されるように歩いていく。浩二さんがさり気なく手を握ってくれて、私達は離れないですんだ。けど、気がつくと泰浩さんと泰一さんの姿が見えなくなっていたのよ。
「浩二さん、泰浩さんと泰一さんの姿が見えなくなっちゃったけど」
人波に流されて歩きながら、浩二さんに話しかけた。浩二さんは私の手を引くと人波から外れたの。そして浩二さんは苦笑を浮かべて言ったのよ。
「親父と兄貴のことは心配しなくていいから」
「でも、頼まれたのに?」
「大丈夫だよ。お袋もああ言ったけど、親父がおとなしく花火を見るとは思ってないよ」
浩二さんが教えてくれたのは、泰浩さんは毎年花火を見に港にくるのではなくて、そのそばの小料理屋にいくそうなの。そこは同級生がやっているお店だそうで、毎年この日がミニ同窓会と化すそうなのよ。花火も、音がしだしたら少し見に外に出るとか。
泰一さんはここから一番近いパチンコに行っているらしいの。泰一さんの趣味だとか。今日は花火の間なら、佳恵さんを気にせずにパチンコができるから・・・ということらしい。
「いいの、それで」
「よくはないかもだけど、お袋も佳恵ちゃんも諦めているから」
それなら私を呼ぶ必要はなかったのではないかと思ってしまったわ。それが浩二さんにもわかったようで、背中を宥めるように撫でられた。
「麻美が一緒なら少しは自重するかと思ったようだけど、親父と兄貴は俺たちを二人にさせようと気を使ったなんて言うに決まってるんだけどな」
少しぼやきまじりに言う浩二さん。ダシに使われるのをわかっていたのに、何も言わなかったなんて。
「もしかして、お二人は我が強いの」
「・・・まあな。それも内弁慶タイプなんだ」
なんとなく浩二さんの育ち方がわかったような気がする。
このあと、もう少し堤防のほうに寄って、二人で花火を見た。この花火は7時から始まって8時30分までの1時間30分なの。最後の花火が終わり、またぞろぞろとバス乗り場に向かって歩いて行った。
駅前でバスを下り、下平家に帰るためのバスを待っていたら、次のバスで泰浩さんが降りてきた。それを見た浩二さんが泰浩さんを捕まえて私のそばに戻ってきたの。泰浩さんは私の顔を見るとバツが悪そうに笑ったのね。
バスは混んでいて座ることが出来なかった。泰浩さんはバスが曲がるたびにぐらりとするから、浩二さんがその腕を掴んでいたの。私も泰浩さんの腕をそっと掴んだのよ。
最寄りのバス停に着いてバスを降りたら、すぐに次のバスが来たの。どうやら増発していたのか、私達が乗ったバスが遅れていたかして、次のバスに追いつかれたよう。
そのバスから泰一さんが降りてきた。私が泰浩さんの腕を掴んで支えているのを見て「麻美さん、変わるよ」と変わってくれたのね。
そして何事もなかった顔をして下平家に帰ったけど、博美さんは泰浩さんの状態を見てわかったみたいだったの。
お風呂を先にと勧められたけど、私は泰一さんと浩二さんに先に入ってもらったのよ。たぶんこの後二人はお酒を飲むのではないかと思ったから。案の定私がお風呂から出てきたら、二人は台所でビールを飲んでいたの。顔を出した私を見て浩二さんが慌てたように立ち上がった。
「麻美、もう休んでくれ」
そう言って客間のほうに背中を押されたのよ。泰浩さんはもう部屋に行って休んだそうなのね。客間に入ると、私の顔を見た博美さんが「ここで休んでね」と言ってから、二階の部屋へと行ってしまったのよ。




