116 好きな物のうんちく語りには注意しよう *
私は前屈みになっていた体を起こして、横にいる浩二さんのことをそっと見ました。浩二さんは驚きに目を丸くしていました。
えーと、どうしましょう。やっちゃった感はあるけど、どう取り繕えばいいかしら。
「あなた、お若いのに目がいいわね」
その声に振りむいたら、何人かのお客様が私の後ろにいました。どうも店員とのやり取りを見られていたようです。60代くらいの年配のご婦人がそうおっしゃいました。私は恥ずかしさに顔を赤くしながら答えました。
「いえ、その、真珠は好きで、少し勉強をしました。できるだけ自分にとっていいものを手に入れたいと思いましたし、自分のものになったのなら、しまい込んだりせずにつける機会が多いほうがいいと思いましたので」
ご婦人は私の答えににっこりと笑いました。
「その考え方は素晴らしいわ。私の娘に聞かせたいくらいね。あの子ってば、何にも考えずにピンク色の真珠を買って、この間お葬式にそれをつけていこうとしたのよ。本当に信じられなかったわ。私の教えが悪かったのかしら。ねえ、あなた」
「そんなことはないだろうが、あいつは常識が足りなさすぎるな。人の話を聞こうとしないのがなお悪い」
ご夫婦でそんなことを言い合っていました。他のお客様が「すみません、そのネックレスを見せていただいていいですか」といって、私が言っていた巻きの甘さや、かすかな傷に見入っています。
男性店員の方も担当の女性店員に「担当としてこれくらいの知識は欲しいものです」などと言っているのでいたたまれないです。
頃合いを見て男性店員の方が購入手続きのために奥に案内してくれましたが、それまでの他の方とのやり取りで、私は半ば放心状態になってしまいました。
だってね、真珠に関する知識はどれくらいあるのかとか聞かれて、そこから何故真珠のネックレスを選んでいたかになり、婚約指輪のことまで話すに至ったのよ。それも気を利かせた店員の方が、私が悩んだ指輪二つを並べて持ってきたし・・・。
そうしたら、またしっかりしているだの、なんだのと言われて・・・。
見ず知らずの方々に褒められるのって恥ずかしすぎます。
浩二さんが購入手続きをして、指輪のサイズの直しがあるので、それが済むまでネックレスもお店に預けておくことになりました。
ジュエリーショップをでたあと、喫茶店に入りました。私があまりに疲れ切った様子だったからなんですけどね。たはは~。
「ところで麻美、花火大会はどうする?」
「花火大会・・・って7月最後の土曜に行われる、あれ?」
浩二さんの言葉に私は目をぱちくりと瞬きながら訊いたの。
「あれって・・・もしかして見にいったことはないとか」
「うん、ない」
私が頷きながら答えたら怪訝そうな顔をされた。どうしてなんだろう?
「麻美の地元なのに? 友達とも行かなかったのか」
「中学や高校の時には親が許してくれなかったから。社会人になってからは、花火大会の時にこちらには戻って来れなかったし」
「去年は? その、・・・行かなかったのか」
浩二さんが言葉を濁しながら訊いてきた。
「あっ・・・えーと、その時はまだつき合っていなかったから」
私も浩二さんから視線を外して答えた。浩二さんがいう花火大会は川で行われるもの。浩二さんが住んでいるところでは港のほうで行われる花火大会があると聞いた。
「じゃあ、行かないか」
「えっ?」
「花火大会に」
花火大会・・・ということは、もしかして・・・。期待を込めて浩二さんのことを見つめてみた。
「その、協賛しているところの桟敷券が手に入ったから」
つまり協賛しているということは、スポンサーの桟敷券ということで・・・。スポンサー席ということは、ほぼ真下から見ることが出来るということで・・・。
「行ってみたいです」
「じゃあ、行こうか」
浩二さんがニッコリと笑った。私は浩二さんのことを上目遣いで見つめた。
「ねえ、浩二さん。その時に浴衣を着て行ってもいいかな」
「浴衣? 下駄は大丈夫か」
「えーと、その時までに慣らしておくから。駄目かな」
「いや、全然駄目じゃない」
浩二さんは何を想像したのか、微妙に視線を外して答えた。
お店を出て二人で街ブラをして、車に乗った。
家に帰って夕食を作って浩二さんも一緒に食べた。婚約指輪を選んだ話をしたら、両親に怒られてしまった。聞かれたから正直に話したのに。
そして今更ながらに気になってしまった。浩二さんのご両親に何と思われるのだろうかと。
夕食後、私の部屋で話をした。というより、私が今更ながらなことを、半泣きで訴えたというか・・・。
「どうしよう、浩二さん。婚約指輪におまけをつける話なんて聞かないよね。浩二さんのご両親に呆れられちゃうよ~。そんな嫁はいらないって言われたらどうしよう~。結婚を反対されて破談になっちゃうかも~」
「大丈夫だから。俺が納得しているんだし。麻美が気にいったものを選べたんだから、うちの両親も何もいわないよ」
「本当に?」
「本当だとも」
しばらく浩二さんに慰めて貰ったのでした。




