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 家に帰るころにはさすがに俺の涙も止まっていた。待ち合わせには電車で駅まで行ったのに、わざわざ歩いて家まで帰ってきたのだから、止まってくれていないと困る。彼女と親友の浮気を知っただけで泣くだなんて俺は女々しいのだろうか。なにぶん恋愛初心者なもので判断材料が足りない。


 家に入ると誰もいなかった。そういえば両親は40代のくせにまるで新婚のように1泊2日で熱海に温泉旅行に行っているし、妹は友達とカラオケらしく、今日は俺一人だった。これならわざわざ歩いて帰る必要もなかったかもしれない。


「はぁ……」


 部屋着に着替えて落ち着くと思わずため息が出る。ひとりで静かな場所にいるといろいろな感情や考えが頭を巡ってしまってろくなことがない。

 テレビをつけてみたが、やかましいノイズにしか感じられず、すぐに消す。


「はぁ……」


 どうせ明日までには答えを出さなくてはいけないのだ。今は布団に入っても眠ることはできないだろうし、コーヒーを入れてダイニングの椅子に座る。


「はぁ……」


 はぁ、ため息が止まらない。

 愛菜と刀也の心が分からない。今の自分にわかることは二人が裏で付き合っていて、俺がただの道化だったということだけだ。


「はぁ…………」


 俺はどうしようもなく裏切られていた。二人と俺の間にあったはずの関係性はきっと俺からの一方通行。悔しさと悲しさと狂いそうなくらいの怒り、それに劣等感。挙げようと思えばもっとたくさんの感情が胸を渦巻いている。


 だけどどうしようもなく――――



「はぁぁ…………」



 だけどどうしようもなく、俺は二人のことが大好きだった。負の感情と同じくらいの大きさの正の感情。

 愛菜と一緒にいたのは2か月程の短い期間。だけど、その2か月はとてつもない密度で、輝いていた。

 刀也とは小さいころからの長い付き合い。彼とはいろんなことをした。一緒に遊んだり、勉強したり、悪さしたり、それで怒られたり。とても、楽しかった。

 二人が俺に向けていた感情は俺が二人に向けていた感情とは違ったのかもしれない。だけど、過ごした時間は同じで、そこで俺が感じた感情は覆すことのできない事実なのだ。



 俺は二人のことが嫌いで、好きだ。この相反する気持ちを治めるためにはどうすればいいのかを考える。


 …………俺はきっと、とても残酷なことをするだろう。俺は櫻井の最後に言った言葉を思い出しながら、覚悟を決めた。


――――――――――――――――――――



「おまたせおまたせー!」


 25日の17:15、15分過ぎて愛菜は待ち合わせの場所に到着した。俺と愛菜がデートでよく使う駅前の、羊の銅像の前だ。


「いやー、おばさんが車で送ってくれたんだけどあの人方向音痴でさ、途中で真反対の方行っちゃって」


 愛菜の服装は昨日、時計台の前で見たものと全く同じもので、その事実が俺の心にさらなる追い打ちをかける。


「あれっ、優斗、もしかして徹夜した?クマできてるよ?」


 愛菜が俺のことを心配している。その事実に傷ついた心がほんの少し癒されるが、他でもない彼女のせいで俺は傷ついているのだから本末転倒だ。


「愛菜」

「うん?どしたの?」


 一拍の間をあけて俺は愛菜に告げた。


「別れてほしい」

「……え?」


 惚けた表情をしている愛菜に、追い打ちをかけるように俺は続ける。


「他に好きな人ができたんだ。だから愛菜とはもう付き合えない。自分勝手で悪いけど、ごめん」


 俺の言っていることを理解すると、愛菜は途端に顔を真っ赤にして言った。


「い、意味わかんない!なんで、どうして、誰――――」

紗耶香(・・・)


 俺は愛菜の言葉を遮るように紗耶香を呼んだ。

はい、と言って紗耶香が俺の隣に来る。もとから近くでスタンバイしてもらっていたのだ。


「さ、紗耶香ちゃん……?」

「こんにちは、愛菜先輩」


 愛菜の表情は赤から青に変わっていた。対照的に、紗耶香の表情はあふれんばかりの笑顔だ。


「今日から俺は紗耶香と付き合うことになったから、さよなら、花園(・・)


 言葉を失っている花園の横を通り過ぎて、俺と紗耶香は歩く。

 紗耶香が花園の横を通り過ぎるときに、何か言っていたが、俺には聞こえなかった。



 俺と紗耶香は無言で人ごみの中を歩いていく。



 最初は後ろから聞こえていた花園の声も、クリスマスの喧騒の中に消えていった。



「愛菜と刀也に祝福を……」



 そうつぶやいた俺の声も、クリスマスの喧騒の中に消えていった。


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