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「今日会って話したいことがある、だと……?」
櫻井とは本の趣味がよく合うので部活以外でもたまに遊んだりすることはある。しかし、クリスマスイヴにまで会うような間柄では無いし、櫻井は俺に彼女がいることを知っている。別に隠してないしな。常識的に考えて彼女持ちをイヴに誘ったりしないのではないだろうか。櫻井には俺がイヴ暇だという話もしていないし。だからこのお誘いには違和感しかない。せっかくではあるが、24日はお断りさせていただこう。26日とかなら暇だし。
ささっと無難な語句を選んでお断りのメッセージを送る。だがしかし、送った5秒後くらいに返信が返ってきた。はやっ。
「どうしても今日じゃないといけない?なんの要件だよ……」
その後ももちろんお断りのメッセージを送った。確かに俺は今日暇であるが、彼女のいる身でクリスマスイヴに他の女と会うというのはあまりに不誠実であろう。
しかし俺がなんと言おうとも櫻井が折れることはなかった。もともとぼっちイヴで沈んでいたせいで、だんだんイライラしてしまい、途中からメッセージが荒々しくなってしまっていたかもしれない。それでも櫻井はめげることなく今日会って話したいというのだ。
最終的に、俺が折れて、櫻井と会うことになってしまった。情けないだと?なんとでも言え。一応条件として1時間しか会わないという約束を取り付けた。場所と時間は櫻井から指定を受けており、場所は俺が普段使わない、少し離れた駅の前であった。俺の知り合いが住んでいない地区なのでそれはよかったのだが、予定の時間は23:00。かなり遅い時間なのでそこでまたひと悶着あったのだが、櫻井はここでも折れなかった。というよりも、予定が入っていてこの時間以降でしか会えないようだった。それだったら日を改めればいいのに。
櫻井は基本的におとなしめの子で、あえて言うならば愛菜とは正反対の子だ、と思っていた。今日のように強く主張するところを見たことがなかったので、ちょっと驚いている。
「なんか嫌な予感がする……」
自分の可愛い後輩とはいえ怪しすぎるお誘いに、俺は思わずそう呟くのであった。
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そして23:00、正確にはその10分前に俺は例の駅前に着いた。あたりを軽く見回すとすぐに櫻井を見つけることができた。彼女はいつも待ち合わせの時間よりとても早く来る。だから俺もそれに合わせて30分くらい早く来るのだが今日はさすがにやめた。
櫻井はやけに気合の入った服装をしていた。俺はあまり服に詳しくわないが、白をメインにキレイにまとめられている。思わず見惚れそうになってしまったが、愛菜のことを思い出して何とか我に返る。そのまま近づき俺は櫻井に声をかけた。
「ういっす、櫻井。今日はマジでどうしたんだ?」
「あ、優斗先輩。あ、あのっ、ほんとに今日は無理言ってごめんなさい!」
顔を合わせるや否や櫻井はものすごい勢いで頭を下げて過ってきた。クリスマスイヴに女子に頭を下げさせるなんて、なんだか俺が悪いみたいだ。
「いや、確かに困ったけどね?俺も了解したんだしさ。そんなに謝んないでよ」
櫻井はもう一度だけ謝った後にじゃあついてきてください、と言って歩き出した。1時間しかないのだし、彼女の中ではもう予定は決まっているのだろう。俺はおとなしく櫻井についていくことにした。
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櫻井に案内されて着いたのは落ち着いた雰囲気のあるカフェだった。待ち合わせの駅があまり大きくない駅であるし、この店自体も目立たない場所にあるのでクリスマスイヴのこの日でも満席ではなかった。しかし、暖かみのあるいい店だ。入口にあるメニューの値段も良心的だったし。
50代くらいであろうか、シックなバーテンダーエプロンを身に着けたマスターが席に案内してくれた。25時からはバーになるらしいのだが、24時には店を出る予定なので問題ない。
とりあえず俺はエスプレッソを頼み、櫻井はキャラメルマキアートを頼んだ。なお、エスプレッソはかっこつけているわけではなく、単純に俺が好きなだけであることを明記しておく。
櫻井は最初、当り障りのない会話から始めた。冬休みに読む予定の本はなんだとか、友達とどこかに遊びに行くだとか。どうやら少し緊張しているようだし適当に話を合わせる。そういえば俺に彼女ができてから櫻井とこうやって話す機会もなかったかもしれない。
趣味の本の話に入った途端会話が盛り上がってしまい気付いた時にはもう23:50だった。肝心の内容に関しては何も話していない。もしかして櫻井は普通に遊びたかっただけなのだろうか。でもそれだと別に今日である必要はないよな。
すると突然櫻井が立ち上がった。とても緊張した表情をしている。これはいよいよ本題に違いないだろう。
「優斗先輩、聞いてもらいたい話があるんです。店を出てから話したいので、お願いします」
俺はわかった、と一言だけ言って伝票を持ち会計をする。普段は櫻井とどこかに遊びに行ったときは割り勘なのだが、極度の緊張状態にある櫻井は俺が会計を済ましてしまったことに気が回っていないようだ。
店を出た俺は櫻井の後についていく。何か見せたいものもあるのだろうか。
「これは……時計台?」
櫻井の目的地は時計台であった。時代を感じさせる、3階建てのビルほどのあまり大きくない時計台だ。もう少し大きければ有名なデートスポットになったのではないだろうか。今でもそこそこの数のカップルがイヴの逢瀬を楽しんでいる。
だがしかし、時計台に近づくことはなく、少し離れたところでこっちを振り返った。いつもは内気である櫻井からは見られない、覚悟の決まった目。
こういっちゃ失礼かもしれないが、とても嫌な予感がする。これはもしかして……
「優斗先輩」
はっきりと俺を見つめるその瞳と、俺の名前を呼ぶその一言に思考を中断する。そして、それと同時に俺も覚悟を決める。
「先輩……。私、櫻井紗耶香は、金宮優斗が好きです」
そして、一呼吸分の時間をおいて彼女は言った。
「愛菜先輩と別れて私と付き合ってください」




