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アマテラスの残響(こだま)  作者: 黒井鶏
学校編
6/8

第6話 検索

5話の続き。


2016/11/5 セリフを微修正。

 午前の授業が終わり、沙月は優斗と尚介と共に、高校から徒歩で5分の場所にあるコンビニに来ていた。前日のオリオン座流星群観測での夜更かしのせいか、コンビニを出た尚介は大きな欠伸をした。風の穏やかな10月の下旬、午後の青空から射す日光は、店を出て学校へ戻る三人の身体をジワリと温めた。彼は一緒に歩いている沙月達に呼びかけた。


「それにしても不便だよな、いつまで使えねぇんだろ?」

「仕方ないよ。工場が休止してるらしいからね」


購買部が暫く利用できなくなるという情報は、今朝のホームルームで唐突に報告された。仕入れ先である食品工場で問題があったらしく、今日から利用が不可能になるという事だった。昼食を準備してこなかった生徒も多くクラスは騒がしくなったが、その代わりとして学校側は、昼休みの外出を許可すると伝えた。土橋南高校では今まで、基本的には昼休みの外出を認めていなかった。

 校門を抜けて校舎の入り口に来た時、沙月はルナの事を思い出した。


「ねえ、教室戻る前に保健室よってもいいかな」

「どうかしたの、神嶋くん」


優斗の問いかけに、彼はルナの事を話した。昨日の天体観測の後、沙月達は三階の空き教室を借りてそこで睡眠をとった。今日の朝目を覚ましてから、ルナは野薔薇と一緒に保健室で過ごしたいと言った。沙月は驚いたが、特に反対する理由も無かったので、彼女を保健室へ置いてくることにした。彼の姉もそれを了承し「昼には連れて帰るから」と言って、今朝迎えに来た母親の車で学校から帰っていった。


「ルナちゃんか、可愛いよな。俺昨日緊張して寝れなかったよ」


尚介を横目に、優斗は溜息を付いた。


「そうか。僕は尚介のイビキのせいで寝むれなかった訳だが」

「え、マジ?俺寝てたのか」


そんな二人の会話を聞き、沙月は笑った。


「それで、もしかしたらまだ保健室にいるかもしれないから……」

「よっしゃ、行こうぜ」


三人は上履きに履き替えると、ピロティを抜けて保健室へと足を運んだ。




「ルナちゃんねぇ、ついさっき帰っちゃったんだよー」


保健室の奥に置かれたテーブルで、コンビニの弁当を食べていた野薔薇は、残念そうに答えた。彼女曰く4時間目の授業が終わる少し前に、余美が迎えに来たとの事だった。野薔薇の隣では学校医の梅原が、ペットボトルのお茶を飲んでいた。彼はお茶のキャップを閉めると、今日の保健室での事を説明した。野薔薇は適当に課題を進めながら、ルナと話したり、保健室に置いてあるDVDを見たりしていたらしい。


「文化祭も近いですからね。野薔薇ちゃん達と去年の記録を見てたんですよ」


そう言って、梅原はテーブルに置いてあったDVDのケースを見せた。沙月の後ろでは、尚介と優斗が、野薔薇と授業についての話をし始めていた。沙月は梅原にルナの記憶について尋ねられた。彼女は保健室で過ごしている時、野薔薇に自分の記憶について話をしたらしかった。沙月は本当の事を話す訳にもいかず、適当に話を合わせた。


「はい、前の学校で色々あったらしくて……」


梅原はそれを聞いて、深く頷いた。


「記憶と言うものは曖昧です。勿論、一度頭の中に刻まれたことは、脳が破壊されない限り残りますが、その情報に正しくアクセス出来るかどうかはまた別です。記憶は本人の心や考えに強く影響を受ける物ですから」

「……どうすれば記憶を取り戻せるんですか」

「神嶋くん、焦ってはいけませんよ。もしルナさんが自分を守る為に過去を封印したのだとしたら、そう簡単に問題は解決しないでしょう」


沙月は梅原の言葉を受けて、確かに自分は焦っているのかもしれないと思った。ここ数日の間に多くの事が起きたので、本人の中では落ち着いたつもりでも、実際にはまだショックを引きずっていたのだった。そんな彼に、梅原は優しく言葉を続けた。


「必要なのは、支えですよ。過去に経験した事、そして現在の自分を受け入れるのは難しいことです。そんな時、もし彼女を支えてくれる人間がいるなら、必ずいつか立ち直る事ができます。確かに長い時間がかかるかも知れない。でも、彼女のペースに合わせて一緒に歩くことが大切なんです」


沙月は尚介に名前を呼ばれ振り返った。保健室の入り口の側では優斗と尚介が彼を待っていた。「早く教室戻らないと昼飯食えなくなるぞ」と言われ、沙月は保健室を出ようと入口へ歩いた。すると野薔薇が彼の後ろから声を掛け、来週の放課後から美術部で、文化祭の為の装飾について話し合う事を伝えた。


「ルナちゃんにも美術部に来てほしいなぁ」


野薔薇の言葉に、沙月は笑顔を返して教室に戻った。




 沙月が家に帰り着いた時、リビングでは余美とルナがソファーに座って、ノートパソコンの画面を見つめていた。二人は検索ブラウザにキーワードを打ち込んで、過去の失踪事件について調べていた。もし少女が組織に攫われたのだとしたら、失踪に関する情報があるかもしれないという事だった。


「色々検索の仕方変えてるんだけど、量が多くてねー」


余美はパソコンから目を離すと、ソファーの背もたれに寄り掛かって伸びをした。ルナは検索の仕方を覚えた様で、画面を噛り付くように睨んでいる。沙月はカバンをソファーの隣に置いて、二人の向かいに腰を下ろした。すると、余美が思い出したかの様に立ち上がった。


「そうだ、今日金曜だから、お母さん遅くなるんだって」

「あーそうだった。夜ご飯は?」

「私が買ってくるよ。今日はコンビニじゃなくてスーパーで材料買って作ろうかな」


彼女は自動車のキーと財布を持って玄関を出て行った。




姉が買い物に出かけた後、沙月はルナをリビングに残し、自分の部屋に戻って英語の課題をやり始めた。しかしそれ程経たない内に、ルナは彼の部屋にやってきた。「パソコンが動かなくなった」と言って、彼女は沙月にノートパソコンを手渡した。確かめてみると充電が切れただけだったので、彼は自分の部屋のパソコンを使うように言った。彼女はありがとうと言って、再びキーボードを叩きはじめた。沙月は少しの間彼女の様子を眺めていたが、また勉強机に向き直って、電子辞書で英単語の意味を調べ始めた。




 少女が沙月の部屋に来てから2時間が経った。課題の英文翻訳もほぼ終わり、彼は一息つくとルナの方を見た。彼女は相変わらずモニター画面を見つめながら、マウスで検索結果をスクロールしていた。


「……ルナ、どう?何か見つかった?」

「ううん。全然」


沙月の問いに、ルナは唇を噛みながら首を振った。


「色々検索してみたの。失踪とか行方不明とか……ルナって言葉も、色々な漢字にしてみたけど、まだ見つからない……」


彼女はPCデスクの椅子に座ったまま、悲しそうに下を向いた。沙月はそんな彼女を見て、リビングに行って何か飲もうと提案した。ルナは黙って頷いて、彼と二人で部屋を出た。

 沙月はティーカップを二つ準備し、パックの紅茶を取り出してお湯を注いだ。その後キッチンからリビングに戻った彼は、ソファーで待っていたルナの前に、まだ色の薄い紅茶を差し出した。沙月は自分のカップをテーブルに置くと、ティーバッグの紐を揺らした。それを見たルナも、同じように彼の真似をした。カップからは白い湯気が立っていた。沙月はその湯気越しにルナを見た。彼女は何か考え事をしているような淋しげな表情でティーバッグを揺らしている。彼はなんとなく気まずくなって、視線をテーブルの横に移した。そこにはオレンジ色のスマートフォンが、さかさまに置かれていた。


「……あれ……お姉ちゃん、スマホ置いて行ったんだ」


沙月は暫くそれを眺めていたが、不意にバッと顔を上げると、壁にかけてある時計に目を向けた。時刻は既に20時を過ぎていた。沙月は急に胸騒ぎがした。彼の目の前に座っている少女も、不安そうに彼を見つめている。しばしの沈黙が二人の間に流れた。

 その時、テーブルの上のスマートフォンが着信音を鳴らしながら振動した。静寂を破り鳴り響いたその音に反応し、ルナの肩がビクリと飛び上がった。沙月は急いでスマートフォンを取り上げた。


「……はい、神嶋です」


沙月は緊張した声で電話に出た。自分の携帯を持つ腕に力が入っているのが分かった。


「あ、もしもし。わたくし鳴沢中央病院の小川と申します。そちら神嶋余美さんの携帯で合ってますでしょうか」


姉のスマートフォンを通して、雑音の混じった若い男性の声が、彼の耳に入ってきた。

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