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アマテラスの残響(こだま)  作者: 黒井鶏
学校編
3/8

第3話 仲間

2話の続き。


2016年10月25日:誤字、表現を修正。

 パキッ、と枝を踏む音がした。沙月は少女に腕を掴まれたまま、声のした方を見つめた。


「……誰ですか」


と、彼は暗い木々の向こうにいる男に声を掛けた。また一歩、木の枝を踏みつけ、こちらに近づく足音が聞こえた。だが依然としてその人物の姿は見えない。


「誰、か。うーん……君の仲間ってのはどうかな、神嶋くん?」


そのしゃがれた男性の声はそう告げた。何処か愉快そうな感じでもあった。「仲間?」と沙月は思考を巡らせた。と言うのも、彼はその声に聞き覚えがあった。その時、沙月の後ろからエンジンの音が近づき、余美の自動車のヘッドライトが二人の背後から、その先に立つ男性を照らし出した。そこには50歳くらいで髭を生やし、探検家のようなベストを着た男が立っていた。


「土橋校の数少ない天文学仲間じゃないか」


歳は離れているがね、とその男性は自分の顎を撫で、沙月に微笑んだ。


「……え、あ、安藤先生。どうしてここに」

「明日と明後日はオリオン座流星群だろう。この辺で良い観測場所と言えば、高校の屋上か中央ダム、それに十坂峠ぐらいだ」


余美が自動車から降りて沙月達の方へ走ってきた。


「神嶋くんのお姉さん?」


男性にそう言われ、余美は沙月に「知り合いなの?」と聞いた。


「うん、高校の安藤先生。地学の先生」

安藤佐里あんどうすけまさです。土橋南高校で理科を担当しています」


安藤は沙月の姉に、明日の天体観測の下見に来ていたと説明した。


「本当はもっと上まで行こうと思っていたんだが、ゆっくり坂道を運転していたら駐車場に自転車があるのが目に留まってね。近づいて見てみたら、弟さんの自転車だった」


自転車とカバンがあるのに持ち主の姿が見えないので周囲を見て回っていた、と彼は言った。そして余美と沙月から視線を外し、隣にいる少女に目を向けた。


「そう言えば、神嶋くん。彼女は……」

「えっ……あぁ、えっと」


沙月は言葉を詰まらせたが、すかさず余美が「親戚の子です」と答えた。


「ちょっと色々あって今家で預かってるんです。ね、サツキくん」

「……えぇ、そうなんです。僕と彼女、仲良いんですよ」


沙月は自分の腕を握る少女を顎で指して無理に笑顔を作った。この状態をなるべく不自然でないように取り繕いたかったが、目の前の教師は相変わらず彼の隣の少女を見つめている。何か言わなければと沙月が声を出そうとするより先に、少女がビクリと体を道路の方へ向けた。少女の呼吸が荒くなっていくのを沙月は感じた。突然「神嶋くん」と安藤が声を上げた。


「今すぐその子を車に乗せなさい。お姉さん、自動車のエンジンを切るんだ」


何事かと思ったが、すぐに沙月は安藤の言葉に従って、少女を自動車の後部座先に乗せた。「体を屈めて隠れていなさい」と安藤は後ろの少女に指示してドアを閉めた。同時に余美はエンジンを切り、運転席の鍵をロックした。ヘッドライトの光が消え、駐車スペースは暗く静まり返った。それも束の間、坂の下からエンジン音が聞こえたかと思うと、白いワゴン車が1台、駐車スペースに入ってきた。そのワゴン車は三人の側まで来て停車した。そして助手席の窓が下がり、若い眼鏡をかけた男が窓から身を乗り出してきた。


「こんばんは。お聞きしたいのですが、この辺で女の子とか見てませんかね?」


男性の無機質な言葉に沙月は唾を飲んだ。この男が言っているのはあの少女の事かも知れないと彼は思った。黙っていてはいけないと沙月が顔を上げたその時。


「いいえ、私達も今来たばかりですので。何かあったのですか?」


彼の隣にいた安藤が言葉を返した。


「あーいや、大したことではないので。そんなに気になさらずに」

「そうですか。ほら、明日はオリオン座流星群の極大なので、場所を見に来たのですよ」

「それは知りませんでした。いや、お邪魔してしまって申し訳ない」


ワゴン車に乗った男はお礼を言うと、そのまま峠の山道を上って行った。沙月と余美は、思いもよらない安藤の行動に驚き、彼の方を見ていた。彼は溜息を付くと二人の方を向いた。


「最近は何かと物騒だからね。気を付けるに越したことはない」


そうですねと沙月は返したが、内心ではかなり混乱していた。彼の頭の中では、今しがたなされた安藤とワゴン車の男性との会話が繰り返されていた。余美も、どう言葉をつなぐべきか考えているようだった。しばしの沈黙の後、安藤はおもむろに口を開くと、「彼女も明日の流星群観測に付き合うのか」と沙月に尋ねた。


「え、いや。どうでしょう……」


流星群観測の事は、すっかり彼の頭から抜け落ちていた。


「神嶋くん。せっかく下見に来たけど、明日は学校の屋上で観測しないか」

「え、本当ですか」

「あぁ、明日の夜までに許可を取っておくよ。学校ならここより安全だからね」


安藤は自転車を余美の車に積み込むのを手伝うと、どうせだから他にも友達も誘うといいと提案した。「ただし学校に泊まるなら、次の日の勉強道具も忘れずに持ってくるように」と言って、彼は駐車してあった黒のセダンに向かった。彼を見送った後、沙月と余美も自動車に乗り込んだ。


「……さっきの人は?」


少し前から、車の後ろの席に隠れていた少女は、乗り込んできた二人に声を掛けた。


「安藤先生は今帰ったよ。それにあのワゴン車も」


そう、と少女は小さく呟いて、安心した様に座席に寄り掛かった。余美は少女を一瞥した後、静かにシフトレバーを引いた。




 自宅に帰り着いた時には、少女は既に眠りに落ちる寸前だった。余美の「私とサツキくんと、どっちと一緒に寝たい?」という問いに対し、少女が沙月を選んだので、沙月は仕方なく彼女をベッドに寝かせ、彼は床に布団を敷いて眠ることになった。少女は沙月のベッドに横になると、すぐに寝息を立て始めた。時計を見ると、既に時刻は23時を回っていた。

 彼も寝る支度をして布団に入ろうとした時、部屋のドアが少し開き、余美が手招きした。沙月は音を立てないように部屋を出ると、姉と共にリビングへ向かった。余美は沙月と向い合せにソファーに座ると、静かに話し始めた。


「……安藤さんって人。信用できそう、かな」

「……うん。安藤先生はいい先生だから」

「……私もそう思うよ。サツキくん、前から仲良かったの?」

「うん。前に先生と天文学部を作ろうとしたけど、申請通らなかったんだよね……」

「そうだったんだ。なるほど、星空仲間なのね」


余美は顔をほころばせ、それにつられて沙月も小さく笑った。


「それで、さ。サツキくんに聞きたいんだけど」

「うん、何?」

「あの子の事、どう思ってる?」

「えっ、どうって……」

「いや変な意味じゃなくてさ、あの子の言ってる事。サツキくん信じてる?」


沙月は顔を上げて姉を見た。


「例えばさ、あの子が精神病か何かで、病院を脱走したんだとしたら、どう?」

「え……」

「もしくは本当に記憶喪失だったとして、同じように病院から逃げ出したんだとしたら」

「……」

「一応筋は通るもんね、ってことなんだけど。どう思うかな?」


余美の言葉に沙月は押し黙った。確かに姉の言っている事は筋が通っていた。


「……お姉ちゃんは、そう思ってるってこと?」

「そう考えるのが自然でしょ、普通なら」


 来て、と余美はソファーから立ち上がった。沙月は姉に連れられて風呂場の前に来た。「びっくりしないでね」と余美は風呂場の電気をつけて扉を開けた。そして風呂場の床に置いてあった大きなバケツから、あるものを取り出した。


「……っ!」


沙月はそれを見て体が強張った。それは血と肉片がついた棘だらけのワイヤーだった。


「これ、私が帰って来たらリビングのテーブルに置いてあったの」


それも3本も、と余美はバケツに目を向けた。


「この棘、返しが付いてる。それに見て」


彼女は沙月に少し離れる様に言って、そのワイヤーの根元を引き絞った。それに伴って飛び出していた3cmほどの棘はワイヤーの軸に向かって閉じた。そして彼女が根元から手を放した瞬間、閉じていた棘はバネで弾けたように開き切った。


「こんなの、病院で使うと思う?ねぇ、あり得ないじゃん……」


沙月は言葉が出てこなかった。


「私は知らないけど、これあの子の体に巻きついてたんでしょ」

「……」


そうじゃない、と沙月は思った。それは確かに彼女の体の中に刺さっていたのだ。


「こんなの遊びで作れるような物じゃないよね……」

「……うん」

「あの子の話。本当なのかも、って思った……」


余美は沙月を見つめながら「だから私、警察は呼ばなかったの」と言った。沙月はその場に立ったまま、自分の部屋の方を向いた。ふと沙月は、自分の体の芯が冷えていくのを感じた。それが今の会話のせいなのか、はたまた10月の寒さによるものなのか、彼には分からなかった。

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