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アマテラスの残響(こだま)  作者: 黒井鶏
学校編
1/8

第1話 下見

ジャンルやキーワード、また本文中の誤字や誤った表現に関しては随時修正していく予定です。

長編小説ですがあまり頻繁には更新できませんのであしからず。


 10月の肌寒さも、午前中からの穏やかな日差しによる気温の上昇と共に、次第に感じなくなっていた。秋風は静かに土橋南高校のグラウンドを抜け、日光を受けて温まった校舎の表面を撫でた。昼休みもあと数分で終わり、教室では生徒たちが5校時の授業の準備をし始めていた。その時、突然スピーカーから、臨時の職員会議を伝える放送が流れた。緊急の職員招集による自習に生徒達は歓喜し、他のクラス同様に2年3組も騒がしくなった。

 既に3組で板書を始めていた数学教師は小さくため息を付き、書きかけの数式をそのままにチョークを置いた。彼は教卓の上を軽く片付けた後、「あまり騒ぎすぎないように」と言葉を残し教室を出て行った。またそれと同時にクラス内はさらに賑やかさを増した。

 教室では、大半の生徒が昼休みの続きを始めた。スマートフォンを取り出してゲームをする者、昼食の残りを食べ始める者、また真面目に自主学習をする者もいた。放送によれば全学年が自習との事で、すぐさま他の教室に向かった生徒もいた。他は大体が周りの席のクラスメイトとの会話に興じていた。


「……で、結局その計画は富嶽と共に社会の闇へと葬られてしまったってわけ」

「もし本当に闇に葬られたなら、その情報も存在しないはずだろ」


 教室の廊下側、一番後ろの席に座って、神嶋沙月かみしまさつきは物理の教科書を読んでいた。彼の机の隣では、二人の男子生徒が相変わらず大真面目に話し込んでいた。昼休みから続く彼ら会話の内容は、第二次大戦時の都市伝説から社会の闇へと移っていた。


「いいか尚介なおすけ、そういうのは本当の闇とは違うんだよ」


有牙優斗うきばゆうとは人差し指をピンと立てて言った。彼の言葉を受け、船山尚介ふなやまなおすけは眉をひそめた。


「じゃあ本物の闇って何よ?」

「まず闇っていうのは何かしらの力、権力を持った組織だ。都合の悪いものは消される」

「なるほど」

「そして奴らが都合の悪いものを消す際には、必ず現実に闇の痕跡が残る」

「痕跡?」

「例えば去年のアメリカでの日本人研究者失踪事件。この消えた研究者が実在したという事実はすぐ確認できる」


優斗はスマートフォンを取り出して素早く画面を操作し、ニュースの記事を見せた。



「これだ、岸間教授失踪。失踪に関する記事に本人の写真が載ってるし、本人のツイッターもまだ残ってる。つまりこの教授は確かに存在していたのさ」


都市伝説には2種類あると彼は説明した。すなわち単なる創作か、現実の出来事に尾ひれがついたものか。前者の場合は現実の闇が入り込む余地は無い。いわば存在しない闇そのものが都市伝説になっているパターン。そして後者は社会の闇が関係しているという。つまり現実に闇が存在し、その正体に関して創作要素が付随し都市伝説になるパターン。この場合はまず起点となる現実の出来事、つまり闇の痕跡が必ず存在するらしい。優斗の説明に尚介は確かにと頷いた。


「もっと分かりやすいのは不自然な自殺とか急に報道されなくなった事件だ」


優斗はまた画面を操作し、尚介にまとめサイトの記事を見せた。


「最近のだとこれだ、SA銃撃事件。通称アマテラス事件」

「あーこれな。銃で撃たれて殺されたやつ」

「そう、テレビではすぐ報道されなくなったけど、ネットにはまだ動画が残ってる。この事件に限らず暗殺とか不審死はそれ自体が闇の力の証明になる」


彼の話を聞いて尚介はため息を付いた。


「でもヤバいよなぁ。こういうのって大抵犯人捕まらないだろ」

「こういう深い闇には大抵政治家とか警察が関係してる。だから逮捕されない。……ねぇ、神嶋くんもそう思うだろう?」


 唐突に名前を呼ばれ、ちょうど教科書のコラムを読んでいた沙月は疑問の表情を浮かべた。「ほら、例のサービスエリアの事件」と尚介が促した。二人の会話をまともに聞いていなかった沙月は、とりあえず当たり障りのない返事をした。


「銃撃事件は何かしら背後に大きな組織が関係してそうだよね」


優斗は頷く。


「そう、僕らみたいな一般市民には縁のない世界。その本質は絶対に見えてこない。奴らの力が大きければ、闇もそれだけ深く真実を覆い隠す」


所詮世界の真実なんて一握りの権力者しか知りえない、と彼は続けた。


「力を持たざる者はね。闇に飲まれない為に、流星の如く輝いて消えるしかないのさ」


優斗の言葉に尚介は失笑し、彼の肩をグーで叩いた。社会の闇に関する議論が一通り終わった後、沙月は思い出したように二人に言った。


「そう言えば二人共、もう明後日だよ。流星群が来るの」

「え、何?なんかあんの?」


尚介の問いかけに沙月は机から身を乗り出した。


「オリオン座流星群。今日が水曜だから、明日の真夜中と金曜の真夜中がピークなんだよ」


さっきまでとは違い、沙月は興奮した様子で話しを続けた。


「だから今日学校終わったら下見に行く予定。で、木曜の夜は夜通し観測するんだ」

「何、下見ってあの国道んとこの山?」

「うん、十坂峠。ここから近いし車も少ないから自転車で行くつもりだよ」


 木曜日の夜に一緒に観測しないかと沙月は二人に提案した。尚介は次の日の授業の課題があるからと断ったが、優斗は存外興味を示した。いつも虚無主義的な優斗が乗り気な事に沙月は喜んだ。「まぁ夜中に観測するなら、金曜は学校サボるけどね」との事だったが。

 明日の夜に連絡すると沙月が言った時、またスピーカーから放送が流れ、今日は5校時終了後、すぐに清掃をして帰宅するようにと指示があった。クラスはまたもや歓声に包まれ、3人もそれに加わった。




 校舎を出た途端、尚介は二人を残して猛ダッシュで帰って行った。「部活の無い一日を満喫する」と言って消えていった彼を見送ると、沙月は優斗と自転車小屋に向かった。小屋についてカバンから鍵を探していると優斗が話しかけてきた。


「神嶋くん、尚介って中学の時からあんな感じだったのかい?」

「うん、ナオはいい奴だよ。僕とは趣味が合わないみたいだけど」


船山尚介とは中学時代からの友人であり、沙月はその彼を通して有牙優斗とも遊ぶようになった。もともと優斗とは1年の頃から同じクラスだったが、2年のクラス替えで尚介が入ってくるまではあまり会話をしたことが無かった。

鍵を回して自転車に乗りながら「有牙くんが興味持ってくれるとは意外だった」と言うと彼は、「美しいものは見られる内に見ておいた方がいいから」と答えた。


「もし漆黒の闇が解き放たれたら、こんな平和な日常も終わりを迎える」


なんてね、と優斗は恥ずかしそうに前髪を掻き上げた。沙月は彼に笑い返し、また明日と言って自転車のペダルを蹴った。




 高校を出て北に20分程自転車を漕ぐ。左手に見えてきた食品工場を過ぎた先には幹線道路が東西に続いている。その下を潜る細道を5km程度進むと、十坂峠からの合流地点がある。峠を貫く幹線道路のトンネル脇にある旧道から、沙月は十坂峠に入った。

 峠の道幅はそれほど狭くは無いが、新しく出来た道に比べるとカーブが多く、また傾斜もそれなりにある。10年前に国道へ繋がるトンネルが完成し、峠を抜けるのに要する時間が半分に短縮された。その結果、景色を眺める目的以外でこの坂を通る車は居なくなり、とりわけ平日に自動車とすれ違う事は皆無となった。そういう訳で自転車で峠を通るのは、体力的にはともかく、精神的には気楽だった。


 


 峠に入ってから自転車を漕ぐこと30分。それ程長い距離を進んだわけではないが、急な傾斜やカーブの連続で、さすがに息が上がってきた。沙月は道の脇に自転車を止め、道路に腰を下ろした。


「…はぁ、やっぱり自転車だとキツイな」


日はすでに西の空に傾き始め、山の斜面を黄色く照らしていた。ここからさらに30分程自転車で上って行くと最初の駐車スペースがあり、その先にも数ヶ所観測できるポイントがある。沙月は呼吸を整えつつ、紅葉した山肌の下に広がる街を眺めながら「ただ標高が高い場所よりは、低くても周りの木々が邪魔にならない広い所が良いな」などと考えていた。

 沙月が再び自転車に跨ろうとした時、坂の向こうから来た白いバンが3台、立て続けに彼の脇を通り過ぎた。沙月は珍しいなと思いながら走り去るバンを眺めていたが、また向き直って自転車のペダルに足をかけた。




 目的の駐車スペースに付く頃、辺りは次第に暗くなり始めていた。少し前まで峠を黄色に照らしていた太陽も、今は大分赤みを帯び夕日へと姿を変えていた。峠の駐車スペースは思ったより広く、マットを敷いて寝転んだまま流星群を観測するには十分だった。また彼は肉眼での流星群観測だけでなく、夜空の写真を撮ったり、望遠鏡で他の天体を観測する事も計画していた。沙月は自転車を留めると、早速三脚を立てる位置を模索し始めた。

 駐車スペースは縦に長く、道路側以外の3方向を木々が覆うように立ち並んでいる。とりあえず坂の上側から見下ろすように眺めた所、反対側の木が調度カメラの邪魔をしそうな位置にある。沙月はもう少し山側に近づいてみた。あまり上りすぎると、今度はすぐ側の木がカメラに映りこんでしまう。それを意識しながら、彼は少しずつ後ずさりで木々の方へ進んでいった。10歩程下がりそろそろ両側に木が入り込みそうな位置まで来た時。


「……ぅわっ!」


後ろ向きで歩いていた沙月は、足元にあった何かに躓き転びかけた。周りが薄暗いので気が付かなかったが、きっと大きな石でもあったのだろう。そう思い、振り返って足元に目をやった直後、彼は全身に鳥肌が立った。




 そこには髪の長い少女が身体の複数個所から血を流し、目を見開いたまま横たわっていた。


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