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台風が来た日の朝のこと

作者: 桜田ちひろ



『明日の朝は台風が首都圏を直撃する見込みです。交通網の乱れが予想されますので最新の情報をチェックするようにお願いします』

お天気お姉さんがそう言ったのを最後に僕はテレビの電源を切って寝た。


■■■


朝起きると外は強い雨と風が吹き荒れていた。携帯で天気予報をチェックすると、東京は赤字だらけの警報フィーバーだった。

予定通り、台風は昼過ぎに首都圏に直撃するようで、ということはこれからまだ天候が荒れる可能性がある。


携帯には特に連絡があるわけではない。というか、こういうとき連絡が来るのかもわからない。


交通の情報を調べてみる。

電車が止まっているのなら自宅待機でも許されそうなのだけれど、生憎、遅れが出ているだけで動いているようだ。

おいおい、マジか。僕は窓の外を見る。

灰色の空を背に、木が大きく揺れている。

地面を勢い良く雨が打つ。

この中を行けと。

いやでも警報だよ。

外に出たら危険だってことだけど。

でも多分、いかなきゃならないんだろうな。

今日は朝一から商談が入っているしな。急ぎとか言ってた気がしたしな。



僕は今年から社会人になったばかりで東京で一人暮らしをしている。

学生はもう休講なんだろうな。

そんなことを思って、僕は家を出た。


最寄り駅につく頃にはもうカバンもスーツも濡れていた。靴の中にも水が入って、靴下が気持ちわるいことになっている。

駅のホームには既にたくさんの人が列をなしていた。電光掲示板を見ると遅れていますというテロップが流れている。

それに伴い、特急電車の運行もなくなっているんだろうなと思っていたけれど、どうやらなくなってはいないらしい。


会社には既に遅れる連絡はしてある。

わかりました、とだけ言われて電話が終わった。

「今日は会社なくなりましたー」みたいなことを言われるかなと米粒くらい期待したけれどやはり無意味だった。


そうかそうか、いかなければならないのか。はいはいわかったわかった。大人は辛いですねー。

自分の中で茶化して、その考えを終わらせた。


しかし一体、なんのため、誰のためにいくのだろう?と思う。

今日は朝から取引先との商談があるから会社にいくけど、取引先だって休みじゃないの?

僕が本当に連絡をとらなければいけないのは会社じゃなくて取引先じゃないのか。

外は警報、自分の身を危険にさらしてまで、今日本当に会社に行く意味はあるのだろうか。


ホームに来る人は増えていく一方だ。

そしてその中に制服を着た学生は一人もいない。


電車は定刻を20分遅れてやってきた。いつもは座れるはずなのに今日は既にぎゅうぎゅうである。

ドアが開く。降りる人はいないことがわかり、すぐさま僕は電車の中に体を滑り込ませる。

しかし、車内は既に中の方までいっぱいでドア付近に立つしかなかった。

やばい地獄にはまってしまった。

満員電車通勤で学んだことだが、一番いてはならないのがドア付近なのだ。

人の出入りが激しいため圧迫がすごい。体が千切れそうになる。

しかし、なす術はなく電車の扉は閉まり、動き出す。


この電車は新宿まであと4駅停車する。

そのどの駅でも人が乗ってくるのだ。

これ以上人がまだ乗ってくるなんて考えたくもなかった。

だけれど考えるまでもなく、停車駅では人がまた乗ってくる。

つり革を掴んでいる手から力が抜けてくる。

口を大きく開けて思わずあくびがでる。

電車がポイントを通過して、大きく揺れた。

隣にいたサラリーマンがバランスを崩し、僕に寄りかかってくる。

僕はつり革を思い切り握りそれに耐える。

サラリーマンからは何の言葉もなかった。オヤジで頭は禿げていた。

車内にはたくさんの人がいた。

窓のそとでは激しく雨が降っている。

こんな日にみんなどこへ行くのだろう。

外は警報が出ていて危ないんだよ。

だから学生は休みなんだよ。

僕らはそれでも会社にいかなければならない。

会社はそんなに尊いものなのだろうか?

宗教の聖地じゃないんだからさ。


電車が新宿駅に着いたのは、僕が電車に乗った一時間後だった。

普段は30分で着くから、倍かかっての到着となる。

頭が痛い。電車に酔ったらしい。自販機で水を買って、ベンチに腰掛けた。

少しすると次の電車がホームに流れ込んできた。すごい数の人が電車から吐き出される。

その中にいた一人のスーツ姿の青年が濡れていた床に足をとられてすっころんだ。

周りの人は一瞬だけ青年を見たけれど誰も声を掛けようとしない。青年自身もすぐに立ち上がり歩きだした。そして自販機で飲み物を買い僕の横へと腰掛ける。

ちらっと横を見た。


「あ、」

思わず声が出た。

「あ、」

相手も気づいたらしく声を漏らす。

今日、商談の予定がある取引先の人だった。

何からしゃべっていいかわからなくてとりあえず笑った。

「そちらに伺うの、午後になっても構いませんか?」

「もちろんです」と僕も答えた。

「ってか、この商談、今日じゃなくちゃ駄目ですか?」

「いや明日でもよかったです」

「ははは」僕は笑う。そして「今日、会社休みじゃないんですか?」と聞き返す。

「そちらとの商談がなれけばそうなったかもしれないです」

「ははは、こっちは全然明日でよかったですよ」

そのとき、後ろのホームに後続の電車が入ってきた。

その電車もまた、たくさんの人を吐き出した。

「知ってますか?」

取引先の青年が言う。

「今日は台風が接近していて、危ないから警報が出てるんですよ」

「そうですね」

僕は答えた。

「救助をもとめている人がいて、それを救いに行く消防士ならわかります。ですが僕らはただの会社員ですよ」

「そうですね」

今度は言葉と一緒に深く頷いた。

「そうまでしていかなければいけない会社って一体なんなんでしょう?」

僕はその質問にただ黙って頷くことしかできなかった。人を吐き出し切った空っぽの電車がまた、たくさんの人たちを迎えに行った。

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