嘘くらい上手くつけ
私のこと好き?
そう聞いたら、好きだよ、と返してくれる人だった。
そのおなじ口で、
私がいないと寂しい?
に
『……それは夜中にお菓子を食べていいってこと…』
と、言いクサりやがった。
冗談だよ、と言われても全然冗談に聞こえないセリフに、結婚して何度目かわからない虚しさが胸を締め付けたのも遠い昔。
今の旦那様がビア樽だと実感したある夜に、ふと思い出した過去。
私がいなくなって食べ放題じゃないか。よかったね。
もう二度と会わない相手に、会わないからこそ心から、そう思う。
隣で上下する肌色の山を見る。
こちらにも、特に心動かされることなく、ああ、出てるなと思った。
こんな風に、たまにしか見ないで済むものだったら私だってあんなに口うるさく言わなかった。
『どうでもいい』って思えたら、真夜中にアイスだろうがポテチだろうがから揚げだろうが好きに食えば?と思っただろう。
それができなかったのは、しなかったのは、ねえ、私が悪いの?
「おい、お前」
妻としての務めを果たした翌朝。
目が覚めて身支度を整えている私に、旦那様から声がかかった。
「おはようございます、旦那様。はい、どうされました」
珍しい。いつもなら、起きたらさっさと出ていくのに。
そう思いながら礼をとる。まだ服がちゃんと着れていないのでやや不格好だが、見逃してくれるだろうか。
「…お前がうるさくするから目が覚めた。こんなに早くから動くな」
「申し訳ありません」
言いがかり、とは言えないだろう。
私も人の気配で目が覚めて、時間を確認してげんなりしたことがある。
もともと朝は寝ていたい性質なので、いつもならあと三時間は起きないのだが、今日は目が覚めてしまったのだ。
旦那様も朝はゆっくりしたい派なのだろう。悪いことをした、と素直に謝罪した。
「…それから、俺より先にベッドから出るな。寒いだろう」
これまた同意。
秋深まる今の季節、朝晩は肌寒い。そして旦那様は暖かい。もちろん、体系的な理由で。
なので私は旦那様を毛布がわりにしていたのだが、まさか旦那様も私を湯タンポだと思っていたとは。
「申し訳ございません」
私は多くの女性の例に漏れず冷え性で、夏でも手足は氷のように冷たいが、寝ている時は熱いくらいに体温が上がる。
湯タンポとしての役割は十分果たせていただろうから、急に暖かさが無くなったら、それは寒いだろう。
寒くて目が覚めたのかもしれない。これまた悪いことをした。
「……それに、主人の前で着替えるとは何事だ。伯爵家は娘にどんな教育をしているんだ」
いや躾に関してはあなたに言われたくないよ、と思ったが、口にするのは堪えた。危ない、思わずノリで突っ走るところだった。
旦那様の言葉は私の実家を貶めるもので、一応きちんとした教育を受けさせてもらった身としては反論したくもあったのだが、ここで変に反攻してもなーと、余計な発言は控えめに。
「お見苦しいものを、失礼いたしました」
手早く胸元をしっかり閉じて、更に上着を羽織る。
見苦しいのはあなたの腹ですが、とは思っても口にしない。
代わりに、気のつく良妻風の提案をしてみた。
「旦那様、目が覚められたようでしたら、何か飲み物を持たせましょうか?」
誰かさんは朝御飯を食べない人だった。
起きてすぐは食べれない、と言っていた。
そのくせ頻繁に『朝御飯を作って』と言った。
『食べないんでしょ?』と言うと『作ってくれたら食べる』と言い、『食べるならパンでも買っておこうか』に『それは違う』と言う、どっちだ!?という突っ込み待ちかと思われる言動で私をイラつかせた。
言いたいことはわからないでもないのだ。
朝、みそ汁の香りで目を覚ましたい。そんな夢を語りたくば語るといい。
ただーーーーー私を巻き込むな大体食事=妻の仕事なんて誰が決めたそもそも出勤の時間が違うんだから最低限自分のことは自分でやれやむしろ私の分まで朝食作ってくれて構いませんが!?
なーんて思ったのも、今は昔。
今、食事は料理人さんが作ってくれるので、旦那様がいつ何を食べたがっても、私の心は凪いだまま。
さあどうぞ、プリンでもポテトでも焼き肉でもお好きなものをお食べください!という気持ちで、飲み物のオーダーを待った。
しかし、旦那様は
「…いらん」
と一言。
不機嫌そうにそのままベッドに潜り込み、昼まで起きて来なかった。
流石に旦那様を自室に残して外出も出来ず、しかしぼんやり過ごすのもなんなので、私は一人、朝食をいただき、本を読んだり刺繍をしたりと有意義な時間を過ごしましたよ。
夫婦って、これくらいの距離がちょうどいいよね!