よくある行事で…よくある恋愛で…(体育祭編)
これは前の投稿で書いた『よくある行事で…よくある恋愛で…(プロローグ)』の続編、『もし蒼が体育祭の方へ進んだら?』の展開で書いています。言ってみれば前投稿が人物紹介とすれば、こちらが本編になります。
よろしければ、前投稿から読んで頂けると嬉しいです。
前投稿にこちらとは別の仮装行列の流れも書いてあります。
※これは分岐物になるので、連載とは違い、短編で書いています。流れの考え方はギャルゲーの分岐物と考えてもらえたらいいと思います。
谷原蒼が教室に着き、ドアを開けると同時にクラスメートの一人が激突してきた。
「あ、ごめん」
何かあったのかと思い、身体をずらそうとするとそいつは蒼の腰に手を回してきたので、そのまま顎に膝蹴りをお見舞いする。
この人物は赤井淳。だからこそ遠慮することはない。
不意打ちだったためか、身体を反らしそのままずるずると下に滑り落ちていく。
そんな淳を気にすることなく、蒼は自分の机へと向かう。
黒板には朝早く学校へ行った美鳥が黒板に仮装行列と体育祭に分かれた人の名前を書いていた。こういう面倒なことをよく頑張るな、と蒼は思いつつもロクに見ずに自分の席へと座った。
蒼には昨日の時点で自分がどっちに入ったか分かっていたためである。
本当は仮装行列の方へ希望を出していたのだが、どうやら一人多かったらしく、美鳥に頼まれて移動することになった。
それに今は入り口で倒れてる淳を見れば、一緒になったのが喜びすぎて思わず抱きしめてきたのであろう。そのことが分かっているからこそ遠慮なく膝蹴りをお見舞いしたのだ。
淳はよろよろと自分の席へ戻ると座った。
「いって、不意打ちすんなよな」
「不意打ちされる原因を作ったのはお前だろうが」
「いやいや、喜ぶあまり抱きしめるってよくあるパターンだろ?」
「ねーよ、あっても今の状況では認めねー」
「だってさ、お前が一緒の体育祭側って嬉しい以外何事もねーじゃん」
「知るか」
なんとなく蒼は文化祭側のメンバーの名前を見ることにした。
名前を見る限り、運動が苦手なメンバーが多そうな気がしたが、中に一人だけ昨日とは違う意見の人物がいることに気付く。
「おっ、お前も気付いたか?」
淳も蒼が名前を見て、驚いた人物の名前に反応したのが分かったようだった。
「まぁな」
「そんな私が仮装の方に入ってるのおかしい?」
佐藤恋がちょっと不機嫌な顔で二人に近づいてきた。
さっきまではカメにエサをあげていたので、蒼はなんとなく声をかけなかったのだが自分の名前が聞こえたらしく、寄ってきた感じがあった。
そんな二人の疑問に答えるように恋は話す。
「私だって体育祭の方が良かったけど、赤井がキモいからワザと変えたの」
「ちょ、俺のせいかよ!」
心外だと反応する淳。
しかしそれに蒼は同意するように追撃。
「いやー、実際キモいし」
「どこが!?」
「さっきの抱きつくのとか」
恋はうんうんと蒼の言葉に頷く。
「あんなのコミュニケーションの一つだろ!」
「おけ、じゃあこれからあんなことされたらコミュニケーションの一つとして、反撃するわ」
「それ、攻撃になってじゃん」
「あれはそれと同意みたいなもんだろ」
蒼は淡々と話していく中、淳の顔はどんどん青ざめていく。
どうやら淳は女の子以外にも男にも興味があるんじゃないかと思ってしまうぐらいに。
しかし一つ困ったことはその男というのが蒼以外の誰にも興味がないことだ。下手すればこのクラスの誰か一人はいそうな腐女子の一人に狙われないかと恐ろしくなるぐらいに。
「なんかバカらしくなった」
恋は恋で二人の会話がアホらしく思えてきたのか、自分の席に座り、読書を始めだす。
「おい、佐藤ー。蒼のやつを少しは止めてくれよー」
淳は少し嘆くように訴えるが、恋は完全無視モードに入っているようである。
蒼もそれに習うようにカバンから漫画を取り出し、読むことにした。
後ろで淳の嘆く声が聞こえたが同じく無視して…。
「あっちー」
体育館の屋根の下で蒼は休憩をしていた。
もう補習が始まってから、二日目で練習が始まったためである。
外は全開の日照り模様で、気を抜けばぶっ倒れそうになるレベルにまで気温が上がっている。
それでなくても今年の夏は異常なほど暑い。
そんな中、赤のハチマキをした谷原桃が元気良く走っていた。
この学校の体育祭は小中高は一貫ではあるけれど、体育祭はそれぞれに分かれている。一つにまとめるとどのクラスも学年競技が出来なくための配慮である。
チームは定番の赤白黄色のグループ。
その赤グループに属しているのが蒼たちの姉弟妹と幼馴染の葵なのだ。
桃と葵は学年が一つ下なので一緒のグループになる可能性が低いと思っていたのだが、まさか最後の最後で一緒のグループになると思ってなかったので、蒼はげっそりしている。
「お兄ちゃん、何? もうくたばってんの?」
さっきまで元気に走り桃が蒼の近くまで寄ってきて、ぐったりしている蒼にそう話しかけた。
「俺はお前ほど体力バカじゃねーんだよ」
「だ れ が た い りょ く ば か だ!!」
バカと言われたことに怒ったのか、桃は遠慮なしに蒼の顔面に蹴りを放つ。
かろうじて蒼はそれを避ける。
だが、後ろの扉にその蹴りが当たり、鉄の鈍い音が周りに響く。
そのおかげで視線が一斉にこちらに向くのだが、すぐに何でもなかったように視線は元に戻される。
「お前、いつまでこれを繰り返すつもりだ?」
「だってお兄ちゃんが悪い」
「だからって顔面を蹴ろうとするな」
「やだ」
「おい」
今日、集合してからもそうだったことを蒼は思い出す。
何気ない一言で桃はこうやって蒼の顔面に蹴りを繰り出そうとしていた。
きっと避けるということは分かっていてのことなのだろうが、避けきれなかったときのリスクがでかい。そのことを桃は分かってないようだった。
「それでさ、なんで走らないの? グループ対抗リレーに出ることになったんでしょ? しかもアンカーだよ!?」
「いや、暑いし、疲れる」
「蹴るよ?」
「だって集合かかってないし」
「みんな自主連してるじゃん」
確かに蒼は出る競技の一つにグループ対抗リレーに出ることになった。でもそれはハメられたようなもので、あまり納得してないのだ。
競技を決めるのは休憩時間や授業中にノートの端を千切り、そこに出たい競技を書き、グループ長の元へと集められた。
蒼はあまり大変そうではない種目に名前を入れたつもりだったのだが、なぜか無駄に体力を使うものが多く入れられていたのだ。
「よーう、桃ちゃん! サボり魔の蒼に注意中か?」
「あ、赤井先輩!」
「ははっ、今はグループ長と呼んでくれ」
なぜか蒼からしたら邪魔なグループ長こと淳がやってきた。
朝までの変態の様子はなく、いたってさわやかなイメージ。
「赤井先輩、キモいです」
「確かにキモい」
「なんでお前ら二人はそう呼ぶんだよ! いや、蒼はともかく桃ちゃんはクラスメートを見習え!」
さっきから下級生にいろいろと聞かれることがあったのか、グループ長と呼ばれていたのは知っていた蒼だったが、それで気分を良くしていたことは知らなかった。だからこそか余計にキモく感じた。
桃も蔑んだ目で見ている。
いや、警戒しているのが正しい表現なのかも知れない。
「んで、何か用か?」
「蒼、サボるな!」
「うるせーよ。さっきから無駄にパシらせてたのはどこの誰だよ!」
蒼がぐったりしている理由はそこにある。
そもそもにグループ長となったのは淳が立候補して、他のクラスメートがしたくなかったからである。たぶん最初から蒼も手伝わせる気があっての立候補だということは蒼も分かっていたので、止めなかった。
しかしほとんどの肉体を使う作業を手伝わされるとは思ってなかったのだ。
今、桃が付けているハチマキを先生の下へ取りに行ったり、学校から支給された飲み物を取りに行ったりさせられた。それが終わったので、やっとここで休憩していたのだ。
もちろんそのことは淳は知っている。
ただここで桃に良い所を見せたかったのだろう。
しかしそれは逆効果。
自分の兄がそういう扱いを受けていたことに怒りを燃やしていた。
「へー、お兄ちゃんをパシらせる、ねー」
「お手伝いの間違いだよ」
「うん、とりあえず死ね」
桃は容赦なく暴言を吐くと回し蹴りを淳の顎にヒットさせる。
もちろんこれは偶然ではなく、狙っての結果。
脳を揺らされた淳はそのまま、よろよろと蒼のほうへと持たれかかってきそうだったのを桃が再び追撃。腹に蹴りを入れて、位置をずらす。
「汚らわしい奴が、お兄ちゃんに持たれかかるな!」
「よくやった、桃!」
さすがにここまでやれ、と言わないが蒼は褒めることにした。
桃の頭に手を伸ばし、軽く頭を撫でてやるも桃は恥ずかしいのかすぐにその手を叩いて、睨む。しかし顔が少し赤くなっているので、照れているのが丸分かりだった。
「さ、俺も少しは練習しよう」
「あ、誰が代わりに仕切るの?」
「…俺しかいないよな」
「うん」
「分かった、任せろ」
蒼は倒れている淳を影に寝転がらせる形にして、自分の競技のグループ対抗リレーのメンバーを集めることにする。
なんだかんだ言って、一番練習しないといけないものはグループでしか出来ないものが一番大切と思ったからだ。
大声で呼ぶとそのメンバーが集まってくる。
各クラス二人ずつのアンカーである蒼を集めての七人が集まる。
その中に桃もいた。
待ってました、と言いたげな表情で蒼を見つめてくる。
「だから余計やる気だったのか」
「そそ」
「はいはい、じゃあ基本的にバトンの受け渡しの練習始めるぞー。バテて、ぶっ倒れないように程ほどで」
そう蒼が注意すると下級生(桃を除くj)は返事をして、練習が始まるのであった。
夕方、蒼はへとへとの状態で校門へ向かうとそこには中村葵がいた。
居たというのは間違いで誰かを待っているようだった。
「うーす、葵。今日はお疲れー」
「あ、そーちゃんお疲れー」
にっこりとした笑顔でそう言ってくれる葵になんだかちょっとだけ癒された気分になる蒼。
桃とは大違いだ。
その桃は未だに元気に動き回っているに違いない。
姉弟妹の中で一番の元気がいいのは桃なのだから。
「誰かと待ち合わせか?」
「うーん、そういうわけじゃないんだけど…」
「ふーん。なんなら一緒に帰るか?」
なんとなく誘ってみる。
たぶんだが、桃と一緒に帰ろうと思い、ここで待っていようと考えてたらしい。しかし蒼は桃と違い、おしとやかな葵をいつまでも忍びなく思い、誘ってみた。
葵ももうちょっと悩むかと思ったが、意外にも即決のOK。
蒼たちは基本的に帰りはバラバラで帰る。
美鳥は生徒会長の仕事に追われ、蒼は帰宅部なので自由に帰り、桃はバスケ部、葵は弓道部に入っている。そのため桃と葵は一緒に帰ることが多いらしく、たまに蒼の家に寄り道をして帰るぐらいだ。下手したら晩御飯まで食って帰る時もある。
蒼は久しぶりだなっと感じてしまうも、基本二人っきりになることが少ないので、自然と口数が減ってしまっていた。
なんとなく居心地が悪く感じ、何か話しかけようとするも話題が思い浮かばず、ただ顔を見つめてしまうだけになる蒼。
そんな葵は蒼とは正反対に嬉しそうに歩いていた。
(久しぶりに一緒に帰れるの、なんだかいいなー。二人っきりってのもそんなにないし)
葵はそう考えているようだった。
「どうしたの?」
「いや、なんか嬉しそうだなって」
じぃーっと蒼が葵の顔を見ていたことに気付いたらしく、そう尋ねてきた。
いきなりのことだったため、動揺しつつもそう返す蒼。
「一緒に帰ること少ないからね」
「まあなー。俺、帰宅部だしさ」
「前から言ってるけど、何か部活したら?」
「うーん、入りたいものがない」
部活はたくさんあるというわけでもないのだが、学校が終わったあとは自由に過ごしたいと思ってしまうため、部活をするのが非常に面倒なのだ。
それこそ美鳥が生徒会長になってからはたまに手伝わされているので、今の状態でも暇な時とそうでもない時がある。そのため余計にやる気がしない。
「じゃあ弓道部やろうよ! 集中力が付いていいよ!」
「遠慮する。俺にそんな集中力がついても変な妄想にしか使わないし」
「うわー、あーちゃんみたい」
「悪い、あいつと一緒にしないでくれ」
「冗談冗談」
悪びれた様子もなく、楽しそうに笑っている葵。
その何気ない一言がちょっと痛かったりする。
もし桃が行動派とするならば、葵が間違いなく頭脳派だ。
この二人がコンビを組んで、自分を何かの罠に嵌めるとするならば、速攻で白旗をあげてしまうのが蒼には分かっている。昨日の淳のようになってしまうのが目に見えているからだ。
「でも今日、ちゃんとみんなを動かす姿は目を見張るものがあったよ。みーちゃんみたいに人の上に立てば?」
「俺はそういうキャラじゃない。それにそもそもああなったのは桃が元凶だ」
「え?」
昼間起きた出来事を話す。
そのことを話すとみるみる葵の顔も怒りという表情に変わっているような気がした。
何に対して怒っているのかはちゃんと分かっている。
蒼をこき使ったことだ。
ランクで言うならば、淳はなぜか最下層に位置する。なぜかは分からない。
中学生ぐらいまでスカートめくりをしていたからなのかもしれないが、それはもう若気の至りで済ましていいと思う。身内プラス恋がそれを許していないのが今の現実。
少なくとも淳本人が反省するどころか忘れている様子なため、許されてない状況が継続中なのかも知れない。
「ちょっと明日は私がお仕置きしようかな?」
「俺が今日アイスを奢ってやるから、やめてやろうぜ。桃にやられたことだし」
「うー、まぁ、そーちゃんがそう言うなら」
そうして二人はコンビニに入った。
二人で適当にアイスを選び、レジに持って行く。
蒼と葵はガリガリくんを選んだ。
もちろん蒼は定番のサイダー、葵は梨である。
店員と一連のやり取りをしつつ、コンビニの前で袋を開けて、いつの間にか現れた三人目と一緒にそれを食べる。
その三人目のアイスを買ったのも、もちろん蒼であったが特に話しかけないでいた。
やはり暑い日にアイスというものは最強に美味しいと感じながら。
そんな中、蒼はいきなり現れた三人目の人物に話しかける。
「おい、桃。お礼はどうした?」
「ひゃんひゅー」
「食いながら話すな」
「えー、いいじゃん」
蒼はちゃんと気付いていた。
コンビニに入るぐらいのところで桃が全力疾走で向かってきたことを。
桃は先に帰った葵のことを探していたら、蒼と一緒に帰っており、アイスを奢るという話まで耳に入ってきたためにこっそりと後をつけ、アイスを一緒に払わせようと企んだ。
そのことに葵はちゃんと気付いていたが、最初から示し合わせたように黙っていたのだ。
「ったく、なんでそんなの選んでるんだよ」
「だってコンポタめったに見ないんだもん。意外に美味しかったりするんだよ?」
確かに去年ぐらいにコンポタージュが発売されたが、一気に品切れになった珍しい商品。しかし今年再販された時は製造量を増やしたのか、品切れになったという噂も聞かなかった。そのためか、このコンビニにそれがまだ残っており、それを蒼は買わされた。
「ったく、よりによって一番高いのを…」
「いいじゃん、減るもんじゃないし」
「そうそう。そんなこと言ってるとモテないよ、そーちゃん」
二人していい加減なことを言い始める。
本当に良いコンビだと思ってしまった。
身体が冷えるとともになぜか財布もほんの少しだけ寒くなった気がした蒼だったが、二人が美味しそうに食べているので、それはそれで良い気分になったのは秘密だ。
「いいなー、桃ちゃんはー」
夕食をとりながら、美鳥は呟いた。
羨ましがっているのは蒼と一緒に練習出来ることなのは明白だ。
「もうお姉ちゃん、何回それを言うつもり?」
「だってー」
美鳥と桃は一緒に食事を作っていたために何回かその呟きを聞いたのだろう。桃は飽き飽きという顔で蒼を見つめて、助けを求めてくる。
蒼は無視を付き通すことにした。
桃もそんな美鳥が面倒なように蒼も面倒だからである。
「お姉ちゃんは、お兄ちゃんと同じクラスなんだからいいじゃん。私なんかこの体育祭だけなんだからね?」
「それは分かってるけど…」
それでも納得しきれてないような美鳥。
「はいはい、みーちゃんもそろそろやめろ。桃がキレるぞ」
「あ、そっか。キレたら怖いもんね」
「そうやって煽るな! バカ兄貴!」
分かりやすいようにかかる桃。
蒼としてはそろそろイライラが限界まで来ているのが分かったから、助け舟を出した。それなのに逆に八つ当たりされるのは心外だった。
確かにそうやって標的を自分に向けた方がやりやすいのは否定しないけれど…。
「はいはい、ちゃぶ台返しなんかするなよ?」
「もうしないってば!」
過去一回だけぶちキレて、桃はちゃぶ台返しをしたことがあった。
もちろん蒼が桃をからかいすぎての話である。今でこそある程度、落ち着いているもののあの時は完全な反抗期だったため、桃との接触が多かったのだ。
蒼自身もあの頃は若かったと思う。
「でもさ、姉弟妹で同じグループって良いよね。去年は違ったから、大変だったけど」
「だよねー。勝っても喜べなかったよ」
「嘘付け」
蒼は味噌汁を飲みつつ、ボソッと呟く。
昨年のグループは蒼だけ違い、美鳥と桃は一緒のグループだった。あの時は美鳥と桃のグループの優勝で、鍋パーティーで二人が大はしゃぎしたのを蒼はしっかりと覚えている。なぜなら悔しかったけれど、楽しかったからだ。
「今年はどうする? 優勝したら?」
「うーん、何か食べたいものとかある?」
「んー、焼肉? どうせなら葵ちゃんも呼ぼうよ!」
「そうだね!」
「だから優勝してから言え」
きっと蒼の声は二人に届いてないことは分かっているが、突っ込まずには入られなかった。
ただ高校最後の体育祭は全員一緒になれて良かったと素直に思っている。
優勝出来るか出来ないかは別としても、だ。
「あ、お姉ちゃんたちって打ち上げとかするの?」
「あー、どうだろ。分かんない。するの?」
「いつも仕切ってるみーちゃんが分かんないのに俺が知ってる訳かよ。桃、来る気か?」
「するんだったらお邪魔しようかなって思ってるだけ。葵ちゃんとも一緒に!」
「それなら楽しそうだね!」
蒼はため息をしつつ、箸を置いて、真面目な顔で桃を見る。
その顔を見た桃も一瞬たじろいだ様子だったが、すぐに身構える。
「な、なに? 来るなって言いたいの?」
「来るぐらいいいでしょ、そーちゃん」
「来るのはいい。でも俺はあいつから守ってやらないからな。絶対ハメ外すし」
あいつとはもちろん淳だ。
『あいつ』という言葉で分かるのか、桃は目線を逸らし、こう言った。
「うん、辞退させてもらうね。家でするからいいや」
「えぇ!」
美鳥は驚いたような声を上げつつも素直に諦める。
蒼は淳に心の中で静かに謝るのだった。
いつも、すまん、と。
あれから一ヶ月が一瞬のように過ぎ、体育祭は翌日と控えていた。
午前中に行われた仮装行列も何かいろいろと問題はあったが、無事に終わり、安心した中の出来事。
最後の調整とも言える練習が放課後行われていた。
もちろん明日に備えて、全力ではない。
蒼は葵と一緒に出る障害物競走の打ち合わせを行っていた。
「ねー、このマシュマロ探し、どうやったら早く攻略できるかな?」
「それって運だからな。やっぱり一気に息を吐くのが一番じゃないか?」
「あまり呼吸に関して自信ないんだけど」
葵は早速弱音を上げていた。
それに関しては蒼も同意見だった。
他のハードルや網などはタイミングさえあればなんとなるものだったりするが、マシュマロばかりは小麦粉のおかげで、分かりにくい。そこをどう攻略するかでタイム短縮に繋がる。
「やっぱ運か?」
「うーん」
「そういうこと言えって言ってるわけじゃないから」
「あ、ワザと言ったんじゃないんだよ!?」
「知ってる」
なんてしょうもないことを言いながら、蒼たちが笑っていると突然絶叫が上がった。
蒼と葵はそちらに顔を向ける。
なんか大勢の人が集まり始めており、その中心には足を押さえて倒れこんでいる生徒が一人見える。
「なんだろ? でも今の声って・・・」
「まさかあいつじゃないだろ」
「お兄ちゃん! 赤井先輩がっ!」
知らせにやってきた桃が淳の名前を出すなり、蒼は淳の元へ駆け出す。
その後を二人が追い、走った。
すでに集団と化していた人ごみの中を掻き分けて、蒼は淳の姿を確認すると、右足を持ち、うずくまりながら、先生が介抱しようといろいろと確認しているところだった。
淳の汗はものすごく出ており、今までに見せたことのないような苦痛の表情を浮かべていた。
蒼は一言も言えなかった。
声をかける間もなく、淳はそのまま担架にのせられ、保健室へと運ばれた。
「お兄ちゃん、大丈夫かな?」
「あーちゃん、大丈夫だよね!」
二人が蒼に話しかけるもそんな蒼は返事出来るはずもなく、放心状態のまま立ち尽くしていたが、周りも騒がしい様子に我に戻る。
「お兄ちゃん!」
「そーちゃん!」
慌てて、二人を見ると、珍しく泣きそうな目で助けを求めてきている感じだったが、蒼は二人の頭に手を乗せるだけにした。なぜだか分からないけれど、蒼も予想外過ぎて、反応に困ったからだ。
そんな中、一人の声が響く。
「はーい、みんな練習ー。練習を休憩しないなら木陰に行ってねー。あ、ちゃんと水分補給もねー」
美鳥の声だ。
生徒会長だからだろうか、みんなにそう呼びかけ、普段通りにするように促す。
そこにいる全員がそれぞれに練習に戻るか、休憩に入り、さっきと同じような明日への打ち合わせなどが始まる中、蒼は休憩をとることにした。
桃はみんなに呼ばれ、練習に戻り、葵は蒼に付いていく。
蒼は体育館の影に入り、その場にヘナヘナと座り込む。
「赤ってあんな声も出すんだな」
そう言葉を漏らす。
蒼は今まで淳の悲鳴や絶叫を聞いたことがなかったのだ。プライベートも合わせると一番長い付き合いだと自負していた。そんな仲だったが、あんな声を聞いたのが初めてだったため、言葉が思わず出なかったのだ。
「うん、そうだね。心配だよ」
「おう、そうだな。あいつ、明日大丈夫かな」
「大丈夫だといいね」
「ちょっとびっくりしただけだからすぐ立ち直るんだけどな」
蒼はそうやってちょっと強がってみせる。
二人はそうして再び練習に戻った。
程なくして、蒼は職員室に呼ばれた。
淳は肉離れを起こし、明日の体育祭は無理ということを伝えられた。
夜、蒼の携帯に電話がかかった。
「もしもし?」
『ういーす、元気か?』
「そりゃ、こっちのセリフだっつーの」
淳からの電話だった。
怪我したときと比べると、普段とまったく変わらない声。まるで怪我をしてない時を思わせるようなものだったが、時折足が痛むらしく、声をたまに苦痛の漏らしていた。
『んでさ、どうなった?』
「何がだよ」
『言わなくても分かるだろ? 俺の代わりだ』
蒼はため息を吐く。
あの後、クラス全員で話し合ったのだ。
どう考えても誰かが淳の出る競技を代わりに出ないといけなくなった。
それは誰もが分かっている。
一番重要なのはグループ長だ。
競技の代わりに出るのは誰でも出来るかもしれないが、これを代わりに引き受けてくれる人が誰もいない状態だった。こんな面倒なことを誰が喜んで引き受ける奴がいるものかっていうぐらいに誰もやろうとは言わない。淳みたいな目立ちたがり屋が存在しないのが当たり前といえば当たり前なのだが。
流れ的に一番親しく、手伝っていた蒼がすることになったが、皆目何をすればいいのかが分からない。
正直、それに困っていた。
「お前だって言わなくて分かるだろ」
『やっぱお前か。悪いな、お前だって大変なのに』
「よく分かってんじゃねーかよ」
『でもさ、俺ってお前以外に頼れる奴がいねー・・・・・・そういやお前って本当にいろんな奴から頼まれてね?』
淳が急に話題を変えた。
その展開に蒼はちょっと肩透かしを食らい、ベッドに寝転がる。
「話の展開を急に変えんな」
『いやいや、普段のお前を見てるとそう思ってさ』
「お前が俺の代わりを出来るようになれ」
『ということはだぜ? 俺がお前の代わりにいろいろ手伝ったらモテるのか!?」
普段と全然変わりない邪な気持ちが全開のようだ。
蒼は容赦なく電話を切った。
そして再び着信。
もちろん淳からだ。
しぶしぶと電話に出る蒼。
『いきなり切るなよ』
「いや、お前は怪我しても変わらないなって」
『お前がショック受けすぎなんだよ。俺が受けたいっての! 明日のクラス対抗リレーのアンカーで一位をとって、女子からチヤホヤされるのが目標だったのに! それにグループ長だったらグループ優勝の貢献でそれでやっぱりチヤホヤだろ!」
「同意求めんなよ、変態」
『それよりは俺の競技の代わりはどうなったんだ?』
「そのクラス対抗リレーは俺が出ることになった。他のは違う奴が出る」
『くっ、やっぱい良いとこどりかよ!』
「全部お前が悪い」
電話越しで手をばたばたさせているのか、布の擦れる音うるさい。
本当は怪我なんて嘘じゃないかと思ってしまうぐらいにだ。
『あーあ、せっかく美鳥や桃、葵、恋に見直してもらえるチャンスだったのになー。同情で胸ぐらい触らせてくれないかなー』
「死ねよ」
蒼は冷たく言い放つと電話を切り、サイレントにして放置した。
本当に何も変わる様子がない淳にちょっと感謝した。
もしかしたら怪我したときにショックを受けていたのを知って、連絡してくれたのかもしれないけれど、間違いなく最後の一言が余計だった。
時計を見ると0時を過ぎていていることに気付く。
蒼は安心したためか、眠くなってきたので寝ることにした。
はっきり言えば、明日のことを考えると不安にはなる。考えれば考えるほど、自分がみんなをまとめられると思わないからだ。
でもなんとかなる。
きっと。
そう頭を切り替えて蒼はそのまま眠りに身を預けた。
待ちに待った土曜日。
その日は満点の快晴。
体育祭を行うには最高の日となった。
昨日の不安もどこへらという具合にグループ長だからといって、特にすることがなかったので蒼は安堵したぐらいだ。
淳もギブスをした足で応援をしに来ていた。
本人は動くことが出来ないため、かなりもどかしそうだったが、怪我した淳が悪いので、蒼はそのことについてフォローする気はない。だが、蒼の代わりという感じで美鳥が何かと世話を焼き、淳は嬉しそうだった。淳は無駄にニヤニヤする顔を見ると、なんだか腹が立った蒼は頭を叩いて、注意したりもした。
そんな余計なことがおきながらでも体育祭は順調に進んでいく。
淳の代わりに入った競技の練習をまったくしていない状態のために良い順位が取れないということを除けば、全員がそれなりに楽しんでいる様子。もちろん負担が増えた人はそれなりに疲れが増している。しかし、もうすぐ終わりだからという理由で気力だけで頑張っている人が多い。
蒼もその一人だったりする。
「やべ、きっつ!」
「大丈夫、そーちゃん」
「おう」
心配そうに見つめる葵に蒼は強がることしな出来ない。
朝からテンション高めで頑張りすぎたことを後悔していた。
「無理しないでね?」
「しねーよ。安心しろ」
ことごとくその気持ちを裏切るつもりだった。
今では無理してでも勝ちたいからだ。
ただいまの得点差は全グループいい勝負といった感じなのだ。。
最後のグループ対抗リレーで一位をとったグループが優勝なのは間違いない。
最近にしては珍しい三グループの接戦。
「くそっ、暑ささえなければなー」
「うん、本当に暑い」
葵の参加する競技はすでに全部終わっているため、手元にある団扇で扇いでくれた。熱気のせいで風自体も暑いのだが、ないよりはマシといった感じ。
そんな中、桃が呼びに来た。
「お兄ちゃん、入場口に集合だって!」
「おーう」
「頑張ってね!」
「おーう」
応援してくれた葵にそう返し、蒼は先に行く桃の後を追う。
桃も心配なのか、ちらちらと蒼を見ているのだが声はかけてくれそうにない。
きっと無駄に心配するほうが余計に蒼の気力を半減させてしまってはいけないと思ってのことだろう。
それでも桃の心が分かっている蒼にはそのことがちょっと嬉しかったりする。
「おい、絶対一位になれ。じゃないと俺が一位をとれる保障がない」
「諦めてないの?」
「バーカ、諦めきれるかよ」
「誰のために?」
意味深な質問をする桃。
そのまま入場門に到着したので、二人はそれぞれの場所に並ぶ。
しかし蒼自身は桃の質問について考えさせられる。
俺は誰のために優勝したいのだろうか? それは誰かのためなのだろうか? それとも怪我した淳のため? いや、もしかしたら最後の運動会である美鳥のためなのかしれない。それとも一緒に頑張り、心配してくれている桃や葵のため?
考えるだけいろいろ思い浮かぶ。
むしろ暑い中、考えていても良い答えは思い浮かばない。
だた分かっていることは一つだった。
蒼は前に並んでいる桃の肩を叩き、答えを返す。
「さっきの質問の答え。誰のためでもない俺のため。俺の苦労を泡にしたくないなら頑張れ」
「ん、合格。任せておいて」
何が合格なのか、蒼には分からなかったけれど、桃はニヤリと笑って、親指を立てる。
こうなったら安心と言っても過言ではない。
桃はやる時とはやってくれるからだ。、
そして最後のグループ対抗リレーが始まる。
入場し、待機場所に出て、第一走者が所定位置につく。
「それでは位置について、よーい…」
空に向かって、空砲が撃たれ、全員が駆け出す。
蒼たち、赤グループの選手は二位につく。
そのままずっと二位のまま、第二走者にバトンを渡す。
バトン渡しに関しては相当練習したため、問題ないという確信が蒼にはあった。バトン渡しに関しては淳からも耳が痛くなるぐらい言われたからである。
第二走者も頑張っていたが、後ろの黄色に抜かれてしまう。
その光景を見ていた、赤グループのみんなは残念そうな声をあげつつも必死に声をあげて応援する。
そのまま第三走者に渡り、黄色を抜き返し、そのまま一位の後ろにつけるも抜けない状態。
「お兄ちゃん!」
すでに立ち位置で準備していた桃が再び親指を立てていた。
蒼は同じように親指を立て返す。
そして最後のカーブが終わり、残すは直線のみとなっていた第三走者が最後の最後で限界を出したのだろう、桃にバトンを渡し、そのまま待機場所に倒れこむ。
心の中で蒼は『お疲れ』と言って、桃の容姿を見守る。
いや、見守らなくても良かったのかもしれない。
白の第四走者を呆気なく抜いた。
「いえーい」
アホかというぐらい余裕を持っていた。
赤グループのみんなに軽くピースをしつつ、距離をどんどん空けて行く。
「あんの体力バカめ」
それでも桃の頑張りは蒼の順番が来るまで追い抜かれることはなく、追いつかれるまでに留まっていた。
そしてとうとうアンカーの蒼の順番までやってきた。
最後のアンカーは一週半である。
白はいつの間にか三位になり、今では黄色と赤の一騎打ちと接戦となっていた。
その蒼の相手の黄色は運悪く野球部で一番早かった人物だった。
ちょっとマズいと思いつつ、蒼はバトンを受け取る。
全力で走ることだけを頭の中で考える。いや、考えることすらも停止させた。
走る。
一歩だけでも足を早く前へと動かせる。
「はぁはぁ」
自分の肺が痛くなった。
足も棒になりそうな感覚だった。
目の前に見える光景の人たちの声がまったく聞こえなくなり、ただ走って、一位になることだけを考える。
しかし現実は非常だった。
最後のカーブで後ろを走っていた黄色のアンカーにぶつかった瞬間、足がもつれて、蒼はこけてしまった。
一回転するような盛大なこけ方をし、体勢を立て直すと、全部の感覚が一気に戻る。
黄色の歓声と赤の残念そうな声が響く。
走ろうとするも右足が痛くて、上手く走れず、呆気なく白のアンカーにも抜かれ、そのままゴールされる。
そう蒼たち、赤グループの優勝はなくなってしまった。
「そっか、終わったか」
蒼はゴールした瞬間、それだけ言うと、目の前が真っ暗になった。
-続く-
最後までお読みいただきありがとうございます。仮装行列のほうをお読みいただいた方には分かるかと思いますが、こちらも結構省いたところがあります。そしてご都合展開です。それでも楽しんで頂けたらいいと思います。
こちらの流れからの続編は『桃編』『葵編』になります。興味があれば、この続編も読んでもらえると嬉しいです。
誤字・脱字などあればすいません。
長々とありがとうございました。