利害の一致と兄妹と1
三日経った。
トマコはその間時間があればシドのところに行って、額を冷やし、毛布を掛け直し、そして水差しで水を与えた。シドはずっと身を屈めるようにして唸り、固く瞑った瞼と拳がその呪いの辛さを物語っていた。
強制的に水を与えていなければシドは死んでいたかもしれなかった。
四日目になり、やっとシドは嵐が去ったような静けさを取り戻した。日に何度かその重い瞼を開けることが出来るようになり、その都度、ベッドの隣の小さな椅子の上でだらしなく涎を垂らしながら寝ているトマコを認識していた。トマコ的には起きてたほうが多かったらしいが。
初めはどうして、とか。困惑していたシドだったが、脇に置かれた水差しやきっちりと体にかかる毛布や額に乗るタオル……と思いたい雑巾がどうやらトマコがシドの世話をしていたらしいことに思い当たった。
それはシドをさらに困惑させた。
そもそもシドはトマコに嫌われるような態度しかとっていない。否、取らなければならなかった。シドの復讐の話はトマコにしていたし、今回の件でトマコが何か気付いていることもわかる。気付かれたとしてもトマコは所詮異世界の事情の分からん生き物だし、口止めもしている。それは、自分でもうんざりするような非道方法で。今なら、今の自分ならきっとトマコの記憶も孤児院の皆と消してやろうと考えただろうか……いや……
ぼんやりとシドが思考の行き先を辿っていると急に額のタオルが外されて、濡れた額がスースーした。
「シドおにいちゃん……。」
トマコはシドが目覚めたことに驚き、そして、安堵したのか深い息を吐いた。
「これ、わかる??」
トマコはシドの目の前に三本指を伸ばして左右に振る。……何の検査のつもりかはトマコにもわからない。
「トマコの指……。」
だから、シドもそう答えるしかなかった。
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「世話など頼んじゃいません。」
トマコが食堂のおばちゃんからロマのお菓子という賄賂で釣って分けてもらったおじやをシドの前に差し出すとシドはそんな風にトマコに言う。
「あのさ……。」
「なんだ。」
「シドはララジュールで、王様が憎くて、復讐したいんだよね。」
トマコはシドにいつもの直球勝負で挑んだ。トマコに変化球などの隠し玉はない。シドは何も言わない。けれど否定もしなかった。トマコはそれを肯定と取って続ける。
「私はこんなことになって、王女様が憎くて、わけわかんないし家に帰りたい。」
トマコの、帰りたいという言葉は少し震えていた。その言葉はシドの胸に突き刺さった棘を揺らす……帰りたい…昔の、あの、楽しかったあの場所に。その思いはもう届くことがなくともシドとて同じだ。
「だから、シドの復讐に協力する。」
トマコの目は真剣だった。
「そのかわり、シドは私が帰れるように協力して。」
沈黙が流れる。
余りの長さにトマコが困惑するくらいに。そして、シドがやっと口を開いた。
「貴方は、私の秘密を知って脅してるつもりですか?私は貴方を口封じに殺すかもしれませんよ。」
シドは結構凄んで言った筈だと思う。しかし、トマコにはそう思えなかった。ベッドの上で弱弱しくまだ青い顔をしたシドが凄んだところでいつもなぜか殺気立ってるクラスメイトやウルフを筆頭とした屋敷のメンツなどに勝てるわけもない。
「シドは、しない。」
どこから来るのかそんな自信に満ち溢れたトマコがいうものだから不覚にもシドは言葉を失った。
「だって……うーん……私の (仮の)お兄ちゃんだから?」
そう言うトマコがシドの大切なものと重なる。
「ピオレ……。」
思わずその名前がまだ青い唇からこぼれていく……
意地悪なんてしないよ。
だって、私のお兄ちゃんだから。
且つてそう言って村の子どもたちの誤解から救ってくれた妹が居た。
いつもシドの後ろに引っ付きまわっていた妹。寂しいとすぐシドの布団に潜り込んできて、外出する時はいつもポケットに飴を欠かさなかった。勝手に付いてくるくせに疲れると駄々をこねておんぶさせる。でも、いつだってピオレはシドの味方だった。いかなる時も。小さな手でシドを精一杯シドを守っていた。
どうして
目の前の異界からきた子とそれが重なるのか。
初めて見た時の黒い髪のせいだと、
生きていたらピオレと同じ年だと
それだけだとシドは心に蓋をしてきた。違う世界の生き物だと自分に言い聞かせて酷い事だって平気でしてきた。けれど結局は目の前のこの子と妹を重ねてみてしまう……
「わかった。」
シドがそう、トマコに告げる。トマコは嬉しそうに笑うと孤児院の子供たちとするように、シドにハイタッチさせてきた。
「これからは同志ってことで。」
「……兄妹なんでしょう?」
まあ、そうだけども、というトマコをぼんやり見ながらシドはトマコを何とか元の世界に返してやろうと、そう、初めて思った。




