そしてサーカス団5
サーカス団に入って一週間が過ぎた。泣いて暮らすのが普通かもしれないが泣くより何より空腹が辛いトマコは家に帰ってご飯をお腹いっぱい食べたい一心だった。そのうちここでの生活が慣れてきたトマコはいつになったらこのサーカス団はサーカスをするのだろうと思い始めていた。
毎日団員は一応の練習をしていた。空中ブランコとか玉乗りとかジャグリングとか。一度トマコはジャグリングのクラブをこっそり投げてみたが見事に頭に直撃した。ソフトボール部ではエースだったがジャグリングは向いてないとトマコの頭のタンコブがそう主張していた。手際よく猛獣小屋の掃除を終えると時間が空いたのでトマコはサーカスのテントの周りをぶらぶらと歩いた。
「ねえ、あのテントだけいっつもおっさんが見張ってない?」
トマコがポケットに話しかける。知らない人が見たら頭のオカシイ子決定だろう。
「あそこはな……。」
4回の洗濯地獄に有ったネズミはやっとトマコのポケットに入れてもらえるようになった。まだくさいとトマコはそれより上の侵入を許していないが。
「あれ、私の『黄色の君』が出てきた。」
トマコが目をやると複数のお椀を持ってレモンさんがテントから出てくるところだった。あの人が居なかったらここでの生活は酷いものだったろう。
「あれって誰かあそこに居るってこと?」
「そうさ。あそこには女の子が今5人ほどいるんだ。トマコとおんなじ位の年だったぜ。」
「ふ~ん。何してんの?縫い物係?」
「さあ。しょっちゅう入れ替わってるからな。」
あっちのテントに居る女の子はトマコの様に猛獣小屋の掃除なんかしないらしい。
「あ、誰か出てきた。」
今度はメサイヤが女の子を連れている。顔ははっきり見えないが結構可愛い服を着ている。
「なんであの子は結構可愛い恰好で、私はこんなな訳?」
トマコは自分の姿をじっくり見る。メサイヤのお下がりだっていうだけでも今すぐ脱ぎ捨てたくなるのに繋ぎの作業服は全く可愛く無い。おまけにサイズは合うわけもなくダボダボだった。それでも一番嫌だったのが気づきたくなかったメサイヤの親父臭があることだ。なんだか待遇の違いにトマコはムッとした。
「そりゃあ。トマコのこと団長とメサイヤは男の子だって思ってるからさ。髪だって短いんだし。」
好きで短くなった訳ではない。しかもショートもショート、ソフトボール部の副主将だった男勝りの先輩にだって負けないくらい短い。そう思うとトマコはさらにムッとした。その様子を見て眉毛だって太いしと続けなかったネズミは言わなくて良かったことを悟る。髪の長くないトマコはサル以外の何ものでもない。トマコの母親だってそう思って髪だけは長くしていたのだ。
「なんか……いいなぁ。羨ましい。」
あのテントに入れたら年頃の同じ女の子と話が出来て、ワイワイしながら仕事が出来るんじゃないかと思うとトマコは羨ましくなった。でもこの頃はゾウのカッシードの機嫌がいいのでメサイヤもトマコが世話係をしていると機嫌がいい。加えて裁縫なんて細かい作業は向いていないトマコ。あっちに入れてくれるとはとても思えない。
「俺様がいるだろ?しょげるなって。」
励ますネズミをげんなりと見ながら、そりゃしょげるだろって思うしかないトマコだった。
*****
「今日、赤いテントから出て来てましたね。」
待ちに待った夕食にトマコは向かいに座るレモンにそう問いかけた。トマコにすればちょっとテントの中の様子を聞きたかったに過ぎなかった。ウッスイ味のお湯みたいなスープにふやけたおふみたいな物体とイモがひとかけら入ったお椀をすすりながら、何の気なしに、だ。
「しぃ!」
なのにレモンはトマコに急に怖い顔して黙れと指示した。ポカンとしたトマコにレモンは辺りを見回してホッとするとちょっと情けなく怯えたトマコに元気づけるように少し微笑んだ。
「ごめん。驚かしたね。あのテントの事はしゃべっちゃいけないよ。……アンタが女の子だってことも。」
「……。」
「そうじゃないと……ひどい目にあうから……。」
いつも優しいレモンの顔に陰リが見えて、トマコは落ち着かない気持ちになった。