そしてサーカス団4
「殺人的臭いってちょっとやそっとじゃ落ちないんだ。」
バケツから這い出た小さな生き物を見下しながらトマコは言った。
「俺を殺す気か!」
これぞ本物の濡れ鼠はひどく情けない恰好で叫んだが迫力はない。
「……これからどうしたらいいんだろう。」
そうは言ってもトマコは美人にサーカスに売り飛ばされたんだし?この訳の分からない場所に自分の居場所はない。
「ほう。随分綺麗にしたじゃないですか。」
不意にメサイヤが現れてトマコを褒めた。ちょっとだけトマコは自慢げにメサイヤを見た。だが、メサイヤは空になったボトルに目をやると狂ったように叫びだした。
「なんてこと!
なんてことを!
一か月分の洗濯粉を床にぶちまけるだなんて!!!」
そんな大量の洗剤を使っても臭いネズミって恐ろしいな、オイ。とトマコは思ったがさすがにメサイヤの次の言葉には閉口せざる得なかった。
「お前の晩メシは抜きだあああああ!!!!」
******
「勘弁してよ。」
グウグウとお腹の虫はトマコにご飯を催促していた。でも、怒り狂ったメサイヤはトマコを従業員が住むテントの物置に押し込むと鍵までかけてしまった。下からはガヤガヤと食事を始めたらしく良い匂いまでする。まさしくトマコにとって初めての罰としての一食抜きだ。
「お腹と背中がくっつきそう。」
「おいおい、一食抜いたぐらいで大袈裟な。」
どこからやって来たのかくっさいネズミがトマコの隣に来ていた。
「くっさいから来ないでよ。」
完全な八つ当たりだったがトマコはお腹がすいて感情を押さえられそうもない。これはもう、寝るしかないとボロキレを体に巻いて寝ようとするのだがお腹がすきすぎて寝れそうにもなかった。
「帰りたいよう。ヤダようこんなの……。」
真っ暗闇の中でようやくトマコは涙を流した。しかし……
「くっそう、あの禿親父……ツルッパゲになっちゃえ……グスン。メタボメタボメタボ……メサイヤなんて体中の血が抜けたらいいんだ……ガリガリガリガリ……ガイコツガイコツ……。」
それは家族を想い流す涙ではなく……延々と空きっ腹にされた恨みの言葉と共に出てくる涙だった。
*****
次の朝はトマコを容赦なく叩き起こした。ガヤガヤと音がし出したと思ったら暗闇からドアを開けた為に薄明かりが見えた。
「こんな小さな子にメサイヤさんもヒドイことするよ。」
ドアを開けてくれたのは中年の女性だった。なんとなくお母さんよりは若いのがトマコにもわかった。女性は暗闇が怖くて泣いて眠ったんだろうとトマコの涙の後を解釈したが、物置スペースにはトマコの呪いの水滴がばらまかれていたに違いない。
「こっそりお食べ。ちゃんと口の周りを拭いておくんだよメサイヤさんに見つかったらまた閉じ込められちゃうから。」
女性はそう言ってトマコにビスケットのようなものを2枚渡してくれた。もちろんトマコはがっついた。それをみた女性は増々トマコに同情してくれた。
「あんたは他の女の子とは違うんだね。一緒に働く仲間ならいろいろ教えてあげるよ。」
なんだかわからないが親切にされるのは嬉しい。トマコはやっと空腹を少し満たしてこの女性について行った。メサイヤと比べれば天使様だとトマコが思ったのも無理はない。彼女の名はレモンという。何とも酸っぱい名前だったが覚えるのに苦労しないとトマコは心の中で「黄色の君」と呼ぶことにした。トマコの思考は良くわからない。
昨日に引き続いてトマコはゾウのカッシードの世話をした。レモンはカッシードが懐くなんてとビックリしていたがトマコはそれでお腹が満たされるわけではないので完全にスルーした。トマコを一番落胆させたのはここでの食事が夕食一回こっきりだったからだ。
「お腹すいた……。」
今日は絶対に洗剤は使わない……トマコを見るたびにやたら睨んでくるメサイヤを想いながらトマコはデッキブラシをかけた。