増えるトマコの家族3
ー全てをこの手で滅ぼしてやりますーー
そう言ったシドの目は恐ろしく冷えていた。その言葉がぐるぐると頭の中を回って、トマコはなかなか眠れなかった。いや、シドが部屋を出て行ったあとは正直シーツに巻きついてガタガタ震えていた。トマコの近くにあんな怖い目をした人は今までいない。
「私はもとの世界にかえるんだから。関係ない。関係ない。」
シドの企みが分かったからってトマコにどうしろというのだ。ブツブツと焦点の合わない目でトマトはベットの上でつぶやいた。不気味でしかないぞ。トマコよ。しかししばらくするとトマコの脳みそが新天地に到達してしまった。
「はっ。これが俗にいう勇者召還!?もしかして私がこれを阻止するために!?」
まさか自分が勇者だっていうんじゃないだろうな。
「世界を救えと!?神様!」
いやいやいやいや……。ないないないない……。
「悪の魔法使い……シド。」
シド、悪者決定ですか。
「じゃあ、なんか特別な力なんかが……。」
……とにかく深夜にベッドの上でブツブツ言うトマコは不気味だった。
******
「おはようございます。」
「おはよう。トマコちゃん。サムスンのお蔭でシドくんはもう出勤していったのよ。」
「知ってます。」
わざわざ「行ってらっしゃい」をさせる為にトマコは朝シドの襲撃にあった。いや、ドアを部屋が揺れるほど叩かれた。それもあって昨晩モヤモヤした気分で眠れなかったトマコにはすっきりしない朝だ。
ネズミと話がしたかったがネズミは帰ってこなかったし朝食をとりに食堂へ向かうと昨日は空席だった隣の席に妙にすっきり顔をした男がウキウキパンにバターを塗っている。「逃げられ男のくせに生意気な。」とトマコは八つ当たりに近い思いでイライラした。
「……今朝はご機嫌なんですね。サムスンお兄ちゃん。」
「うほっ。なんかいい響きだなぁ。おはよう!妹よ!」
「なんならお父さんに昇格してもいいですよ。」
むこうでメヌエット母が「あら、それでもよかったわね。」オホホ…と笑っている。
「ちょ。洒落になんないから止めて。シドがアンヌの様子を探ってくれるってさ!いやぁ。持つべきものは美形の弟。」
「……お猿の妹は役立たずですいませんね。」
「そ、そんなことは無いぞ!あばたもえくぼ!妹ってだけでトマコはそんじょそこらの娘っ子より愛らしい!」
なんだよ、それ。せめてサルは否定しろよ。とトマコは自分で言ったのに不機嫌にトーストにフォークを刺した。なんかちょっとバイオレンスな感じにトーストがへにゃっとなったし。
なんだかんだ言ってもシドはカドーレ家の役に立っている。メヌエットの刺繍針に魔法をかけて糸を通しやすくしたりとおべっかづかいも上手い。まさか彼が世界を滅ぼそうとしてるなんて誰が信じようか。……てかトマコ、シドは別に世界を滅ぼすなんて言ってないし。
「そう言えばニールズ・ホンネット戦災孤児センターからお便りが来ていますよ。週末辺り報告も兼ねてシドくんと行きましょう。。」
「ニールズ・ホンネット?」
「あなた方が育ったところでしょ?」
「ああ!そうですそうですとも!」
「寄付の申し出もしておいたからトマコちゃんは心配しなくていいのよ。」
「はあ。」
「シドくんには帰ってから言おうかしら。」
「あの!」
「どうしたの?トマコ。」
「シドお兄ちゃんに私が伝えに行っていいですか?」
「あら。あらあら。そうね。あなた方にとってシスターはもう一人のお母様だし、お家でもあるものね。もっと配慮してあげれば良かった。ごめんなさいね。いい知らせは早くシドくんにも届けないとね。じゃあ、差し入れでも持って午後の休憩時間に行くといいわ。」
「お、お、お、俺が案内する!」
「サムスン……。そうねぇ。アンヌとたまたま廊下ですれ違えるかもしれないものねぇ。」
実はトマコはシドにこういう展開になったら真っ先にシドに伝えろと脅されている。先手を打っとかないと兄妹説なんか風の前の塵に同じ。この日が来たかとビクビクしている自分とは対象に隣の巨体は嬉しそうに揺れてトマコの紅茶をカップからこぼしていた。トマコのイライラはピーク。で、思いっきりサムスンの足を踏んだ。……けどサムスンのような大男の足にのるトマコの足なんて蟻。ますます揺れながらソーサー上のスプーンも揺れている始末。こいつの隣に座るときはアイスピック持参だ。頭の中で大足にアイスピックを何度も刺した惨劇を想像しながらちょっと落ち着いたトマコはその想像だけで我慢した。……想像のなかのサムスンの足は給食のコッペパンのようだったが。
午前中はそれでもマナーなんかを一通り習ったトマコ。昼食後はいつもはカドーレ夫婦になんだかんだと誘われるのだが今日は魔法省に行く。実はちょっと前から魔法省には興味があって行ってみたかった。もちろん自分が帰る可能性がないかを探るつもりだったし……シドのイビラレ具合を見てみたいという気持ちもある。なんだか以前よりも後者の方に期待を膨らませちゃってるが。
「ふふ。あのシドが弱っているところがみたい。」
……ちょっとこの頃病んできたのかもしれないようなトマコの声がぼそり。
メヌエット母に持たされた菓子はまだホンノリ暖かい。最初サムスンに持たせたが堂々とつまみ食いするのでモジャ手 (体毛の濃い手の甲:サムスンの手ともいう)を払ってトマコが抱えるようにして持つことにした。
「う。結構重い。」
「だから、俺持つって。」
「だ・か・ら。減るって!」
「おふくろのケーキ好物なんだもん。」
「小学生か!」
もん。とか言うな。気持ち悪い。30過ぎのおっさんにしてトマコの兄の株は急降下に落ちて行く一方だった。




