そしてサーカス団2
先月読んだおとぎ話は王子様に見初められて優雅な生活を送っていた。
確かにトマコもおとぎ話のような見目麗しい美人と出会いはした。しかしこの美人はトマコの王子様でも魔法使いでも有るはずがなかった。トマコに一目ぼれすることも魔法をかけることも無い上にトマコをサルの様な髪型にした非情な人間なのだ。
美しいお城の裏口を通ってトマコのは半泣きになりながら美人の後をついて息を切らした。救いの女神はいっこうに現れる様子もなくトマコは小汚いテントに入って髭のおっさんと対面している。美人はおっさんと二言ほど交わすと「じゃあ、お元気で。」と簡単にその場にトマコを放り出してしまった。あまりの薄情さにトマコもビックリ。
「何か特技はあるのか?」
トマコの姿を見て髭のおっさんはそう言った。物語が物語なら太った紳士なり、貫録のあるサーカスの団長などと書かれるだろうが、トマコの前に居るのは紛れもなくおっさん。しかも上半身は裸でブルーと白の縞々のパンツから惜しげもなく脂肪が漏れ出ている。ついでにどこから続くのか想像するのが恐ろしい毛が胸毛とへその辺りで一体化しているのが判明するとトマコは小さく武者震いした。
「珍しく見せるために黒髪に染めたんだってな。そんな事したって黒いサルでしかないのによ。」
とある外国映画を見た母が有名俳優の入浴シーンでつぶやいた「ケダモノ」という言葉を借りるとしたら目の前にいるおっさんはまさに信楽焼きのタヌキのケダモノであった。しかも体毛がこゆい人は必ずといって剥げているのはお約束か。そんな奴に「サル」なんて言われたくない。ムッとしたがこれと言って特技もないのでおっさんに正直に答えた。
「誰よりも昼寝が好きです!」
……お前は〇び〇び太か!
と悲しくも突っ込む人が誰ひとり居るわけもなく、普通にシマパンのおっさんに「怠け者」と罵られたトマコはサーカス団の雑用係で一番厳しいと言われているメサイヤという目のつりあがった青白い顔の男の元へと連れて行かれた。
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如何にも神経質そうな血色の悪い男はトマコの予想に見事に答えるべく嫌な男だった。性格はずっとマシだが「もやしを食べている吸血鬼」と呼ばれていた化学の先生によく似ている。トマコを一瞥すると「そんなボロな服を着て……団長ももっとましなものを拾って来ればいいものを。」とトマコに聞こえるように呟く。それを聞いたトマコはああ、ダメージ加工のホットパンツを履くと確かにお祖母ちゃんはいつもボロだと嘆いたなと勝手にメサイアのことを随分年上だと解釈した。メサイヤはトマコと口を聞くのも嫌なようでデッキブラシをトマコに渡すと足元の空気が明らかに澱んでいるところへ連れて行った。
「夢のハズなのに……。」
諦めきれないトマコは呪文のように呟く。でも実際はデッキブラシと水の入ったバケツを持たされて、なんか形容しがたい生き物たちの檻の前に立たされていた。
「そのゾウは綺麗好きだから、ちゃんとしろ。」
そう言うと白い手袋にハンカチを鼻に当ててメサイヤがさっさと出て行った。
「ゾウ?」
トマコの目の前には大きな檻。確かにでっかい動物だがトマコが知っている「ゾウ」はそこにはいなかった。だって、トマコの知っている「ゾウ」に目が5つもついてなかったし、牙だってこんなに生えていない。「ゾウ」っぽいとはいえるかもしれないが、これは怪獣とか恐竜の部類だ。トマコはそう思って「ゾウ」もどきの前に立ち尽くした。まさか、食べられたりしないよね。夢の中だって死にたくはないとトマコが思ったとき、トマコをみた「ゾウもどき」はダンダンと足を踏み鳴らし
パオおおおおおお……ン
トマコに向かって大きな唸り声を出した。