そしてサーカス団1
「……。この私の目の前でもう一度寝る自信があるとは驚きですね。」
美人が冷たいとコエェとだけトマコは思った。でも現実逃避をするのを妨げて欲しいとも思わない。トマコの特技と言ったらどこでも寝れるくらいなのだから。
「起きなさいと言っているでしょう?寝るんじゃない。これから先の事を考えてあげますから。」
「これから先?」
その言葉でちょっとだけトマコは目の前の美人が親切そうに見えた。夢だろうけどもう少し付き合ってもいいかな、くらいには。
「まだ幼いようですし、容姿も珍しいから……サーカス団なんていいんじゃないですかね?」
「さーかす?」
トマコは総動員して自分の中にあるサーカスを想像した。昨年苦労して手に入れたのはなんかものすっごい曲芸をしていたのではなかったか。
「む、無理無理!運動神経そんなにないし!体超堅いし!」
「?運動神経なんて関係あるんですか?」
「そりゃ、綱渡りだって、空中ブランコだって!」
「……詳しいんですね。まあ、でも。そんな花形になる気なんですか?」
「はっ。」
ここでトマコは赤面。だって、サーカスに入るって言うから。と下を向いてボソボソ声を落とした。
「では、さっそく。」
美人はトマコが下を向いた隙にトマコの長い髪を掴んだ。
「ほぇ?」
間もなくジャキンという音と共に長年トマコを女だと証明してくれていた長い髪が足元に零れ落ちていた。
「げぇ!!」
もうちょっとトマコが女の子らしい性格をしていたならまともな叫び声になっていただろうに、出てきたのはカエルのつぶれたような声だった。それに驚いたのかハサミを入れていた美人の手が一瞬ピクリと止まった。
「な、なにすんの!」
その声に美人は不満げに睨んできた。肩からはハラハラと哀れに切られた髪が散らばって落ちていた。
「男の子になりますよ。間違って売り飛ばされたりしたら後々面倒ですから。」
説明されたような、されてないような。理不尽な出来事が起きているのにトマコが呑気に考えているうちにジャキジャキと美人は髪を切り落とした。
「なかなか似合ってます。」
満足そうに美人が言って手鏡を渡してきた。
「……。」
トマコはそれを見て固まった。だって、サルがいる。サルじゃん。と言うには自分が惨め過ぎた。泣かなかったトマコはエライ。
がっくりと肩を落としたトマコのことを思いやることもない美人は刈り込んだ髪を器用に揃えた。
「さて。行きましょう。それを羽織って。」
バサリと渡されたのは茶色のローブだった。なんだこれ、魔法使いみたい、とトマコは感想を言おうとしたがめんどくさそうにローブをいそいそと閉めにかかる美人を観察することに時間を使ってしまった。
眼の前に居る美人は本当に美人だった。睫毛はバサバサと惜しげなく目を縁取って、その美しい顔の造形は眺めていることを飽きさせない。こんなにきれいな人が居るのはこんなにも一般的な自分の顔が引き立てているお蔭だな。とトマコは妙に感心した。一方、美人の方はトマコの視線を感じていたが、日ごろ見られ慣れているせいか大方自分のことを見惚れているんだろうと自信を持ってその視線をスルーしていた。
「いつまでも見てないで、行きますよ。」
トマコが見ていたことに自尊心が刺激されたのか美人は幾分か機嫌が良くなった気がした。
「ローブを深くかぶってください。その忌々しい髪が外で見つかったら珍獣扱いで銃でズドンです。」
嫌な方向に機嫌が良くなったなと背筋が凍える思いでその言葉を聞いたトマコはだからと言って全く速度を考慮しないで歩く美人の後を小走りでついて行くことになった。