俺様世話係3
ひょぇええええ。
声にするとこんな感じだったに違いない。トマコは全身の血が引くのを感じた。
目の前には男前。それも超美形。その男のベッドに黄色のシミを作って「や~い、何お前、その年になっておねしょかよ?」みたいな悪戯した子になっている。
「こ、これは……その……。あの、やろうと思ってたのではなくって……。」
「やろうと思ってやったならお前は死んでいる。」
やっと口を開いたウルフからは氷点下の声が出てきた。外出先からほろ酔い気分で帰ってきた彼も今の事態で一気に酔いも冷めてしまった。
「取り敢えず、シーツを替えに……。」
「だから!待て。ここの寝具は俺専用なんだよ。シミなんか作って洗濯に出してみろ、明日から俺は屋敷中の笑いものだ!」
「う……。」
確かに彼のシーツのジャストポイントに黄色のシミが有ったら誰だってそう思うだろう。
「すいません、すいません。すぐ拭きますから!」
慌ててトマコは近くにあったふきんを濡らして黄色のシミを拭きにかかった。しかし、シミは増々大きくなって嫌な大きさになってしまう。
ガ~ン
と効果音をつけてやりたいほどトマコは増々青ざめた。
「もういい。今夜はお前がここに寝ろ。」
「え。それじゃあ、私が……。」
ここで「おねしょ」したことに?とトマコは続けられなかった。だってウルフの視線があまりにも怖い。
「……ああ。それも、まずい……か。」
そりゃそうだ。使用人が主人のベッドで寝ておねしょしましたなんてね……。
「全体濡らせば、分からなくなるんじゃ!」
「馬鹿、やめろ!」
もう、全部濡らしてしまえ!な感じでトマコが氷嚢の湯をぶちまけそうになったのをウルフが止めようと腕を伸ばした。が、彼も酔いが残っていたのか手の甲がトマコの顔面に直撃してしまった。
ゴツン
まあ、音にすればこんな感じで。
「おい、大丈夫か!?」
「らいひょうふれす……(だいじょうぶです)。」
答えるトマコの鼻からは血が……。
「す、すびばぜん!(すいません)」
慌てて手で押さえたがトマコの鼻血は運悪くシーツのシミの上に落ちる。空かさずトマコはふきんでその場所を擦るとまた変なシミが増えてしまった。これじゃ、今度は血尿……とトマコは増々混乱。
「もういいから!まず、その鼻血を止めろ!」
ウルフは唸るとトマコを隣のソファに座らせてハンカチを持たせた。
「ずみばぜん……。」
トマコは謝ることしかできなかった。もう、泣きそう。いろんな意味で。
ウルフは意外にトマコを傷つけたことから一連の事がアホくさくなったようで、シーツを一瞥するとおもむろにそれを丸めてゴミ箱に放った。
「最初から、こうすりゃ良かった。」
ふんと鼻を鳴らしてウルフはトマコの顔を伺った。
「止まったか?」
そう言われてトマコが顔を上げるとウルフからガーゼの丸めたものを渡される。
それは乙女が美形の男から贈られるようなものではない。……要するに鼻栓だ。もう、何も考えないでトマコも差し出されたものを鼻に詰めた。
「すいませんでした。」
涙目でトマコがウルフにそう、言った。
トマコのその顏を見てウルフは大昔の級友ロッドウェル……だったかロッドウィル……だったかを思い出した。彼は学校に行くのに鼻栓を詰めたまま登校してきて、ウルフたちがからかうと鼻栓を鼻から飛ばしてきた奴だ。笑いが込み上げてきたウルフはばかばかしいこの出来事にだんだんと我慢が出来なくなってきた。
「ぶはっ。」
一方、自分の大失態に「サーカス団よりましな居場所」を失いつつあると感じていたトマコはウルフの突然の「ぶはっ」の意味が分からない。それから続いたウルフの腹が痛くて死にそうな笑いは眠さも手伝ってかトランス状態で止まらなかった。
鼻に詰め物をして美形に腹を抱えて笑われてるトマコって……
なんだか居た堪れない雰囲気だったが鼻血を止めるべく上を向いてソファに座るトマコだった。