第6章 昔の記憶
大蛇は怒りと言う感情を忘れていた。
「………咲姫を危険に晒したお前は……絶対に許さない」
もはや、そこに笑顔は無い。
怒りに狂った瞳が、大蛇を畏怖させた。
ゆっくりと大蛇に歩み寄る悠。
右手には鎌が握られている。
「カ、カ……カアアアアアアアアアア!!!」
大蛇は恐怖に耐えられなくなったのか、歩み寄ってくる悠に噛み付こうとする。大きな口を開けて。
悠は動かない。動こうとしない。
そして、
バクリ、と言う音がした。
「!!!ゆ、悠くんーーーーーー!!!?」
遠くで咲姫は叫んだ。
そしてぺたりとその場に座り込む。
「え…何で……あ……あぁ…そんな…」
どうしよう、と咲姫は途方に暮れた。
悠は、食べられた。大蛇によって。
「悠くん……悠、くん」
何度も悠の名前を呼ぶ。
現実を、受け入れられない。
ズルゥ、と大蛇は咲姫の方へ向き直る。
「う……あああ…」
食べられる、という恐怖よりも悠を失った悲しみの方が勝っていた。
そのせいか、涙がポロポロと零れ落ちる。
大蛇は、咲姫に狙いを付ける。
鎌首をもたげ、数百メートル上から咲姫を眺めていた。
咲姫に戦意が無い事を悟り、好機と思ったのだろう。凄い速さで咲姫の目の前まで大口開けて迫ってきた。
「───っっ!!」
ギュッと目を瞑る咲姫。食べられる‼
………しかし、咲姫が食べられる事は無かった。
しばし沈黙。
そして、
「ギャァァアアアアアアア!!」
大蛇が叫び出す。
「───っ!?!? な、何?!」
驚いて目を開ける咲姫。
そこにあった光景とは、
大蛇の体の内側から、鎌の切っ先が飛び出していた。
目と目の間。いわゆる眉間に。
そこには見覚えのある鎌の先が出ていた。
(鎌……もしかして!!?)
その切っ先は、徐々に尻尾の方へ滑るように動く。
そして、ビキビキ…と肉の避ける音がしたかと思うと大蛇は縦に真っ二つになる。
大蛇は背開きにされて倒れた。
血の雨が、降り注ぐ。
「っ!!悠くん!?」
悠が、血まみれになって背開きにされた大蛇の上に立っていた。
咲姫は悠に近寄ろうと駆け出したが、恐怖で立ち止まってしまう。
「悠、くん……?」
咲姫はぞっとした。
……悠が、知らない男に見えた。
冷たい目。しかし、狂った目をしていた悠。
咲姫はすぐに、いつも見ていた悠では無いと分かった。
「───っ!」
そうだ、あの目……。
【あの時】の目だ……!
そう感じた次の瞬間、咲姫は【あの日】の事を鮮明に思い出した。
血だまりの中に倒れている自分の両親と悠の両親。
ガタガタと震える咲姫。
切り刻まれた【植獣種】の死体。
そして【あの日】見た悠の目。
記憶がすごい速さで流れ込んでくる。
「う………」
次の瞬間、途轍もない頭痛が咲姫を襲った。
痛みで視界が霞む。
立っていられなくなる。
「ゆぅ……くん」
「………咲姫!!?」
聞き覚えのある声を遠くで耳にしながら、咲姫は倒れた。
◆◇◇◆◇◇◆
「……ん…?」
目を開けると、目の前には………悠の寝顔。
「!? !? ? ! ───!?」
思考が追いつかない咲姫。
な、何故!?何があった!?
アタフタしている咲姫。
「んん………」
悠がモゾモゾと動く。
咲姫は慌てて自分の口を手で抑えた。
──お、起こしちゃ可哀想だよね──
そう思い、静かに状況整理をする。
(えっと……ここは、私の家?)
見慣れた部屋内。
薄い黄緑色のカーテン。床にはクリーム色の絨毯が敷いてあり、真ん中に白のテーブルが。
枕元にはテディベア。
間違いなく咲姫の部屋だ。
(さっきまで……何してたっけ?………あ、そうだジャックスの任務していたんだ)
懸命に記憶の糸を手繰り寄せる。
(……それで、大蛇に襲われて……うん、そうだ。悠くんに助けられたんだった。)
全て思い出した時だった。
「……咲………姫」
「うわっひゃい!?」
突然、名前を呼ばれ飛び上がる咲姫。
「………あ、寝言…」
名前を呼んだ張本人である悠は、まだスヤスヤ寝ていた。
咲姫は何故かホッとした。
そして、悠をジッと見つめる。
「………可愛い寝顔」
さっきまで血の雨の中にいた人物とは思えない寝顔だった。
咲姫は、悠の頬を触る。
起こさないように、優しく。
(そういえば、悠くんの寝顔なんて何年ぶりに見ただろう?)
中等部の二年生になったあたりから、咲姫と悠は別々で一人暮ししていたので、昔はよく見ていたこの寝顔も最近は見ていなかった。
毎日来ると言っても、いつも起きている時間に行っているから。
「悠くん……」
返事をしないと分かって居ながらも、話しかける咲姫。
「助けてくれて……ありがとう。私、悠くんが側に居てくれないと全然ダメだね…」
アハハ、と力なく言う咲姫。
咲姫は今回の任務で、自分の非力さをとても実感していた。
自分が人より優れているとは思ってないが、それでも悠の力に、少なからずなれると思っていた。
頑張ってジャックスに、学生のガードになって悠と一緒に戦おうと思っていた。
しかし、今回は何にも出来なかった。結局、足で纏いにしかなって居ないと咲姫は感じた。
「……悠くん。あのね、私ね…」
寝ている悠を起こさないように、静かに言う。
心臓がドキンドキンと高鳴って居た。
「……その……」
スゥ、と息を吸う。
顔が熱くなるのが分かった。
「私、悠く「咲姫ちゃぁぁぁん!?大丈夫!?!?」
バンッと玄関の扉が勢いよく開き、緋奈の声が響く。
そして緋奈、紫衣、崇はドタバタと部屋の中に入った。
「もぉぉぉぉ!!!心配させないでよ咲姫ちゃん!!」
「咲姫、大丈夫か?さっき、火野から咲姫が倒れたと連絡を貰ったんだが…」
「っていうか、火野くんが倒れてる感じだねぇ…?」
どうやら彼らは、咲姫を心配して飛んできたらしい。
代わる代わる咲姫に質問する3人。
「ご、ごめんね?みんな……。私も悠くんも無事だから……」
ニコッと笑う咲姫。
それを見て、安心したのだろう。3人はフゥ、と息を吐いた。
「そうか……。ところで咲姫、顔が赤いぞ?暑いのか?」
「え?………あ、うん。大丈夫、です」
紫衣の質問に応えながら、咲姫は悠をチラリと見て微笑んだ。