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英雄気取りのテロリスト

この物語はフィクションです。

しかし、いつ貴方達の身に降りかかってもおかしくない、紛れも無い現実なのです。

「ほう…いかにも高級ホテルって感じがするな」

 安藤圭は、目の前に聳える高層ビルを見上げていた。間違いない。江波の情報が正しければ、ここに宇宙人は在住している筈だ。

 あの宇宙人は危険だ。会見にて、宇宙人が去り際に記者達に向けて放った卑劣な一言。何も知らない人間からしてみれば、冗談にしか聞こえないのかもしれないが、安藤は知っていた。奴は何かを企んでいる。宇宙人が何らかの陰謀を企てているのなら、何としても阻止しなければならない。誰もやらないのなら、自分がやる。そして地球を救った英雄となるのだ。そう、英雄に。

 宇宙人が在住しているというのに、ビルの周辺の警備は薄い。おそらく、これは罠だ。中に入ると、沢山の警備員が銃を向けて待ち構えているに違いない。安藤はビルの後ろ側に回る。江波の言っていたとおりだ。駐車場の近くに、地下へと続く階段を発見した。この階段を進むと、入り口を通らずにビルの内部に入ることができる…らしい。

 江波は、安藤とは古くからの旧友であり、今では大手の警備会社の警備監を務めている。そんな彼の警備会社が、宇宙人の警備を任されているという事を知った真田は、思い切って江波に今回の計画の話を持ち込んでみた。自分の敵となる警備会社に、計画を全て晒すというのは、正直抵抗があったが、警備監である江波の協力無しでは計画の実行は難しい。すると、どうやら江波も宇宙人に不信感を募らせているらしく、無償で協力してくれる、とのことだった。

 江波を味方にしたのは正解だった。江波の言うとおりに、階段を下まで下りて、ドアの前のパネルに指定の番号を入力するだけで、何の邪魔もなく、容易くビルの内部に侵入できた。

 正面にはエレベーターがあった。江波の情報によると、宇宙人は3106号室にいるらしく、部屋に行く為には、このエレベーターを使って31階まで昇らなければならない、そう思うだけで気が遠くなる。

 しかし、中に入ってボタンを押そうとすると、上限が20階までしかない。これはどういう事だ。江波との会話の内容を探ってみる。思い出した。確かこのエレベーターで20階に上がった後、他のエレベーターに乗り移れ、と江波は言っていた。面倒だな、と思いつつも安藤は20階のボタンを押した。

 エレベーターで昇る途中、安藤は考えていた。自分のやろうとしている事は、本当に正しいのか。宇宙人が地球侵略の陰謀を企てている、というのは所詮、自分の根拠の無い推測にすぎない。周りにこの事を話しても、笑われるだけだ。世間の言う通り、単に「ある物」を取りに来ただけなのかもしれないし、日本語を独自に学習していたのも、地球人と近づきたかっただけかもしれない。

「地球人を煮ようが殺そうが、我々の自由だ」

去り際に記者に放った宇宙人の台詞を口ずさむ。この言葉も、記者の鬱陶しさに怒りを覚えて、衝動的に出てしまった言葉なのかもしれない。だとしたら、自分のやろうとしている事は、間違っているのか。計画を実行したところで、地球は平和になるのだろうか。俺は英雄になれるのだろうか。

 そうこう考えている内に、20階に着いたらしい。「ピンポーン」と音が鳴り、ドアが開く。

 安藤は思わず声を上げそうになった。正面に警備員が二人、立っているのだ。二人はこちらを見つめているが、警戒している様子はない。そう、こんな場合を想定して江波から警備員用の制服を、貰っておいたのだ。制服を着用すれば、警備員を装うことができる。つまり、怪しまれることは無い、筈だ。

 安藤は動揺を隠しながら、ゆっくりと前に進む。平然と警備員の横を通り過ぎようとした時、警備員の一人に肩をつかまれた。

「あんた、ここの者じゃないだろ。うちもこの仕事長いからさ、警備員一人一人の顔くらい、覚えてるのよ」

「やれやれ…避けては通れない、か」

 その瞬間、安藤は右ポケットから護身用スタンガンを取り出して、その警備員の腹に突き刺した。そしてスイッチを入れる。

「うご…がああ」

警備員の一人は、喚きながらその場に倒れこんだ。

「こ、こいつ…動くな!」

 もう一人の警備員は、あたふたとしながら拳銃を腰から取り出そうとしていた。警備員が銃を構えた瞬間、安藤は持っていたスタンガンを宙に投げた。警備員の視線が宙を舞うスタンガンに注がれた瞬間、間合いを詰めて鳩尾に蹴りを入れる。

「ぐあ…うぐっ」

 先程の警備員と同じように、ゆっくりと倒れた。格闘技を習得している安藤にとっては、素人である警備員を倒すことくらい、容易かった。

「こいつは貰っていくぜ」

 安藤は警備員が握り締めていた拳銃を拾い上げて、エレベーターに向かって走り出した。

「無駄だ」

 後ろから、警備員の掠れた声が聞こえる。振り返ってみると、さっきスタンガンで気を失っていた筈の警備員が、仰向けの状態でこちらを睨んでいた。

「あんたが何を企んでいるのかは知らないけど、上にはまだ警備員がうようよしてるよ。ここでひきかえした方が、身の為だと思うだけどね」

「ご心配無く」

ジリリリリ…ジリリリリ…ビル中に騒音が響きわたる。サイレンだ。

「何だ、何が起きている!?」

 警備員はじたばたしながら、辺りをキョロキョロしている。

「1階辺りで爆発が起きたんだろう。警備員共の注意を逸らす為に、入り口の辺りに仕掛けておいたんだよ、爆弾を。これで宇宙人の警備は疎かになる筈だ」

「何の為に…こんな事を」

 警備員が充血させた目をこちらに向けてくる。

「英雄になる為さ」

 そう言って、安藤は31階行きのエレベーターに乗り込んだ。ドアが閉まる直前に、警備員が「頑張れよ」と言っていたような気がするが、おそらく気のせいだろう。

 エレベーターで昇っている時、サイレンの音が鳴り止んだ。何故かは分からない。静けさが辺りを漂う。急に背筋に悪寒が走った。覚悟を決めて来た筈なのに、これから自分のしでかす事が世間にどんな影響を与えるのか、想像するだけで恐くなる。帰れるなら帰りたい。しかし、エレベーターは止まらない。

 音が鳴りエレベーターが開く。正面に人影が見える。エレベーターから数メートル離れた所に、江波は立っていた。

「よくここまで来れたな、安藤」

 江波は、褒めるような、馬鹿にするような口調で言った。

「全てお前のお陰だよ」

「いや、よく頑張った。お前はよくやったよ、でも…」

 次の瞬間、思いもよらない、信じ難い言葉が江波の口から放たれた。

「悪いけど、ここで死んでもらえるかな、安藤君」

 そう言って江波は、腰の辺りから拳銃を取り出し、銃口を安藤に向けてきた。どういう事だ?何を言っているのか分からなかった。というより、理解ができなかった。

「何の冗談だよ」

「冗談じゃねえよ。いいか。俺も最初はお前の計画に賛成だった。だが、警備会社の立場から見ると、お前はただのテロリストでしかない。つまり俺達の敵だ。敵に計画を実行されると、当然大きな失態だ。会社の存続すら危うくなる。つまり、お前に計画が実行されると困るんだよ」

「なら何故俺に協力したんだ…」

「手柄だよ。そこら辺の下っ端警備員に捕まってもらっても困るからな。警備員を振り切り、ここまで来たお前を俺が撃つ、そういうシナリオが欲しかったんだ。友情より手柄をとった、それだけの話だ」

 江波は不気味な笑みを浮かべながら、軽やかに話す。

「な…酷すぎるよお前」

「死ね」

 江波が引き金に力を入れる。安藤は慌ててエレベーターに戻り、ドアを閉めようとする。しかし、ドアが閉まる直前に、江波が銃を発砲してきた。発砲された弾は、ドアの隙間を通り安藤の左肩に直撃した。

「ぐっ…」

 弾は安藤の肩にめり込み、体の中に入っていく。二発目を撃たれる前にドアは閉まった。安藤は閉めるのボタンを連打しながら、左肩をタオルで止血する。何故なんだ。何故彼はあんな風に変わってしまったのだろうか。

「いいか安藤。英雄を目指している時点で英雄失格なんだよ」

 学生時代に、食堂にて江波に言われたことを思い出す。確かにそうかもしれない。

「俺はただの英雄気取りだ…」

そう呟いた瞬間、思い出した。バッグの中からある物を取り出した。安藤が子供だった頃大好きだったヒーロー、ヘルパーマンの変身ベルトだ。ベルトからは光が放射される。暗い所での照明代わりにと、持ってきていたのだ。ベルトを腰に巻く。不思議なことに、心地よい。ヒーローになれた気分だ。

 勇気と使命感が沸いてくる。倒すべき相手は旧友の江波。力を貸してくれよ、ヘルパーマン。

 安藤は、ゆっくりと「開ける」のボタンを押した。

敢えて結末は伏せてあります。次回、他の人物も絡めて明らかにするつもりです。


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