崩壊する日常
この物語はフィクションです。
しかし、何時皆さんの身に降りかかるか分からない、紛れもない現実なのです。
宇宙人の出現から一夜明けた。真田は瞼を擦りながらリモコンでテレビのチャンネルを変える。どの番組も、宇宙人の話題で持ちきりである。今日の午前1時頃、宇宙人を乗せた正体不明の飛行物体が住宅街に墜落してきたことは日本、いや、世界中を震撼させた。今、世界中のメディアやマスコミが注目している。
彼らが知りたいことは主に二つ。地球にやってきた「動機」と、宇宙人の住む星の「環境」だ。
それについては様々な情報が飛び交っているが、真田自身も耳を疑ったのは宇宙人が日本語を話せることだ。何故かは定かではないが、テレビに出ていた色々な専門家の話によると、日本人を地球から勝手に連れ去って、日本語教育を強要していたという説もあれば、日本のどこかに、人間に成り済ました宇宙人がいるという説もある。いずれも根拠も証拠もないただの推測でしかないが、有り得なくはない。
しかし、今の真田にとっては宇宙人への興味心より、友人を奪われた怒りの感情の方が強かった。来須とはそんなに親しくはなかったが、小学生の時からの腐れ縁だ。いつも近くにいた友人にもう会えないとなると、寂しさを覚える。おそらくあの宇宙人は、自分の乗ってた飛行物体の墜落によって来須一家が死んだことについて、罪悪感の欠片も感じてはいないのだろう。地球人の常識は通用しないだろうが、いつかその宇宙人を来須の墓の前に連れ出して謝らせたい。それが償いになるのかどうかは分からないが。
家を出て、一人、通学路を歩く。いつもなら来須が「遅せえぞ」と玄関前で膨れっ面して待っている筈なのだが、今となってはそれもない。鬱陶しい奴だったが、いなくなったらそれはそれでまた寂しい。
街を歩いていると、道路のあちこちで交通規制がされている。例の宇宙人は、都内のとあるビルで厳重に保護されているらしい。宇宙人を探そうと、平日にもかかわらず日本中から沢山の人々が詰め掛けているのだ。
そもそもあの宇宙人は、何故一人、単独で地球に来たのだろうか。宇宙人が地球に来た理由や目的については明らかにされていない。真田には引っ掛かるものがあった。沢山のカメラを向けられながら飛行物体から出てきた時の宇宙人の落ち着き払った態度。テレビ越しではあまり表情が確認できなかったのだが、地球人を見下すかの様な笑みすら浮かべていたような気がする。まるで何かを企んでいる様な。
さらに真田には気がかりなことがあった。カプセルに刻まれていた数字が、「87」から「85」に減っていたのだ。何故かはさっぱり分からなかった。この数字が、何を意味するのかさえ分からない。とりあえずカプセルは常に持ち歩くことにした。このカプセルは自分で管理すると決めたのだ。
交通規制の影響で遠回りしながらも、何とか真田は学校に着いた。時間にはまだ余裕があったのでゆっくりと校舎に入り、階段を上る。
3年A組の教室の前で真田は足を止めた。教室の中がやけに騒がしいのである。宇宙人の話題で盛り上がっているのだろう、とは容易に想像できるのだが真田は自分のクラスの教室に入るのに抵抗があった。正直、宇宙人の話はもう聞きたくない。テレビを見ていても、家族と食事をしていても、街を歩いていても、何をしていても宇宙人の話は耳に入ってくる。その度に、友人を殺した宇宙人に怒りが沸きあがってくるのだ。宇宙人の話は、来須から聞かされる彼女とのデートの話より不愉快である。
「おい、何やってんのお前」
教室の前で躊躇していると、いきなり後ろから声をかけられた。振り返ってみると、そこにはクラスメイトの池本和志の姿があった。池本は膨れたお腹をタプタプさせながらこちらに近づいてくる。
「おおっ!真田じゃないか、全然気づかなかったよ」
池本は汗でべっとりした手で真田の肩を叩いてくる。
「いやあ、今まで馬鹿にしてすまなかったよ真田君。別に信じていなかった訳じゃないんだ」
「何の話だよ」
真田は惚けてみせたが、池本が何を言っているのかは分かっていた。池本も真田の宇宙人説を否定してきた奴等の内の一人である。今までは「宇宙人とか信じるなんて幼稚だろ」とか、「俺、宇宙人は存在しないに百万賭けるわ」とか散散言ってきたくせに、宇宙人が現われたとなると手の平を返すかの様に馴れ馴れしくしてくる。
「いやいや、お前いつも言ってじゃないか、宇宙人は絶対存在するって。とにかく、自分の説が当たったんだからもっと堂々としろって。ほら、入るぞ」
そう言って池本は真田の腕を強引に引っ張って教室の中へ引きずり込んだ。
「皆!真田君が来たよお!」
池本が声を張り上げるとともにクラスメイトの奴等が一斉にこちらを振り返ってきた。
「すげえな、真田。まさか本当に宇宙人がいるとはな」
「なあ真田、何で宇宙人が存在することが分かったんだよ」
「真田君。僕は最初から君のことを信じていたよ」
前日まで、真田のことを白い目で見てた奴等が、好奇の目を向けながら好き勝手に言葉を投げかけてくる。やめろ、宇宙人の話はしたくない、真田は耳を塞ぐ。
「うるさいんだよ、もう!」
真田は突然声を張り上げた。クラスの空気が一瞬にして凍りつく。
「ど、どうしたんだよ、いきなり」
「放っておいてくれよ…」
真田を囲んでいた奴等は、つまらなさそうに真田から離れていった。真田はその場に立ち尽くすしかなかった。込み上げてくる涙を、抑えることができない。
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