第6話 もう一度……
ビクッ! と、体が大きく震えるのを感じた。これはゲーム内のアバターではなく、現実世界の自分の体だ。
目を開ければ、自室のベッドの上だった。
熱中症対策でクーラーはつけていたのだが、それでも体が熱い。心臓が早鐘のように打っているのがはっきりと分かる。身に着けていたTシャツは、ぐっしょりと汗を吸い込んでいた。短パンと下着もだ。
今のは死に戻りではない。通称、ドクターストップだ。
プレイ中はサングラスとハチマキ、それに腕輪を組み合わせたようなゲームギアを身につけることになるが、それは仮想現実の世界を見せてくれるだけでなく、プレイヤーの心拍数や呼吸、体温などの状況を計測する機能を持つ。
バーチャルリアリティのゲーム内では、普通のゲームと違って自身がゲーム内の出来事を、戦闘なんかも含めて体験することになる。
中にはプレイヤー自身の苦手なことや嫌なこともあって、本体のほうに異常が生じれば自動的にログアウトされられる。それがこの、一般にドクターストップと呼ばれる機能だ。正式名称は別にあったはずだが、忘れてしまった。
今回は、ゴブリンたちとの戦闘が昔のトラウマを呼び起こしたのだろう。
重い体を起こし、着替えていると、枕元に置いたスマホから着信音が聞こえてきた。
この音は、沖浦さんからだ。バイトのため、彼女だけ着信音を変えている。
「だ、だいじょうぶっ!?」
スマホを操作すると、普段はあまり聞くことのない焦った声が聞こえた。
「ごめん」
こちらの状態を聞いてきた彼女に、俺は謝罪で答える。
「……えっ」
「バイト始めたばかりで悪いんだけど……俺、この仕事向いてなさそうだ」
「……え……えっ?」
抑揚の少ない普段の彼女とは違い、明らかな驚きと戸惑いが伝わってきた。
「前に少し話しただろ。小学校の頃、クラスの女子みんなからイジメられてたって」
まだ呼吸を整えながら、スマホの向こうの沖浦さんに話しかける。
「…………うん」
「その後色々あって、両親も亡くして、関西から関東のほうに流れてきたけど、少し前まではほとんど女性と話もできなかったし、沖浦さんの前でも過呼吸とか起こして保健室送りになってただろ」
「………………うん」
スマホから聞こえる沖浦さんの返事も、何だが弱々しい。
「少しは慣れたかと思ってたけど、人間型の相手と戦闘とか、無理みたいだ。恐怖の方が先に立つ」
「……そう」
「……だから、ごめん」
そう言って、今回のアルバイト自体を断ろうとしたとき――。
「ま、待って!!」
珍しく、彼女が大きな声を出した。
「っ!?」
俺の体がびくりと震え、一瞬動きが硬直する。
「……あ、ご、ごめん」
それがスマホ越しにも伝わったか、沖浦さんが謝ってくる。
「……でも、お願い、もう少しだけ、聞いて。このゲーム、戦闘だけじゃないから。生産職とか、普通の市民とかで暮らしてるプレイヤーもいるから」
珍しいな。この人がこんな必死になるなんて。
「……農業とか、鍛冶とか、錬金術とか……そういう戦闘系じゃないプレイでもテストが必要だから。人型モンスターが嫌なら、ゲーム内で会わないようにもできるから」
「会わないようにって、なんかスキルとか取得しないといけないんじゃ」
「……いざとなれば、会社の人に頼み込んで、ゲンの周りだけ人型モンスターが出ないようにしてもらう」
「いや待て。ただのアルバイトにそんなことができるのか!?」
「……まだベータテストの段階だし、少しくらいなら融通、きくよ?」
そんな権限あるのか、この人?
「……ゲーム内でスローライフとかしたい人もいるし、そっちも、きっと楽しい、よ。島くんにもその楽しさを、知って欲しい」
普段と様子の違う彼女に戸惑いはしたが、その気持ちは分からなくもない。
「……な、何かあったら、わ、わたしがっ、守るからっ!」
「好きなんだな」
「……ふえぇっ!?」
「このゲームが」
「……まあ……うん……そう……」
同じ部でのやりとりで、この人が結構なオタクであり、アニメやゲームが好きなことは知っていた。しかし、本気でゲームのプログラマーを目指していることは、アルバイトの話を紹介されて初めて知った。
「……戦い以外でも経験値は手に入るし、農業とかやりながらスローライフってのもあり」
「スローライフ……か」
名前だけはよく聞くが、具体的に何をするかまではよく知らない。
それでもこのゲーム内では、農家だとか職人だとか、戦闘職でなくとも活躍の場は用意されている。そんな話は聞いた。
「わかったよ。バイト料も発生するみたいだし、初日からやめるのも迷惑だろう」
紹介したアルバイトが早々に辞めたら、彼女の顔に泥を塗ることになる。
俺は女性恐怖症ではあるけど、相手が女子だからといって不義理が許されるというわけではない。
「……よかった……」
「それじゃ、またゲーム内で」
「……ね、今度はいつ会え……いつアルバイトに参加できる?」
それまでの焦った声と違い、今は若干喜んでいるような声にも聞こえる。スマホ越しで画像通話もしていないので、その表情はわからないが。
な、なんかデートのお誘いっぽいセリフだな……。
いやいや、付き合っているどころか友達かどうかさえ怪しいのに、それはないだろう。
バイト仲間、というより仕事中は上司みたいなもんなんだから、変な意識は持たないようにしないと。
「……私は明日以降も、現実の朝9時から昨日の河原当たりで作業をしてる。また、来てくれるとうれしい」
「こっちは予定通り明日の午後かな。午前は宿題を片付けないと」
「……じゃあ、宿題が全部終わったら、もっと遊べ……テストプレイできる?」
えっ?
「ま、まあ日程はまた考えるとして」
俺も、ゲーム自体は嫌いじゃないんだ。
テスターをして、少ないながらもバイト料がもらえるなんて理想の仕事じゃないか。文句をつけている余裕なんかない。
「そ、それじゃ、また明日」
「……ん、また明日」
なんか恥ずかしくなったので適当に話を切り上げた。
それでも、彼女の嬉しそうな声を聞くと、現金なものでこちらもついさっきまでの重苦しい気分もかなり和らいでいた。彼女が心配して連絡をくれなかったら、昔のトラウマがぶり返してしばらく一人で落ち込んでただろう。
さて、明日から何をするか。
食料が必要だが、採取だけでは限度がある。
「スローライフ……か」
畑でも作ろうかな。
そんなことを色々と考えているうちに、俺はいつの間にか眠りに落ちていた。
次回より、本格的にゲームが始まります




