第52話 戦士ふたり
バッタが逃げて行った方向には、夏らしからぬ黄金色の草原が見える。
「……あれ? 草枯れてる?」
「いや、遠いからまだ断定できないがたぶん枯れ草じゃない」
「……行ってみる?」
「川を渡るが……特に魔法は必要ないか……あ、ちょっと待って」
そのまま無造作に川を渡ろうとするカズハを呼びとめる。
川幅は狭いところでも10メートル以上はある。ゲームとはいえ、油断はできない。
「こっちは川が深そうだから、浅いところを探そう」
川岸を少し歩く。
「……ここなんか、浅くて渡れそうじゃない?」
カズハが示したのは、いわゆる早瀬と呼ばれる場所。
「こういう早瀬の部分は、浅いけど流れが速くて、大きな石も多く足場が悪いから、初心者が渡るには向かないかも」
カズハは俺の顔を見ながらポツリとつぶやく。
「……なんか、こういうの、慣れてる?」
「水族館のアルバイトで、川魚の採集の手伝いをしたことがある」
「……あれ、昨日まで行ってたのとはまた別の?」
「ああ」
俺は頷いて、言葉を続ける。
「気を付けろよ。以前バイトしたときは、バイト先の先輩がつまづいて流されそうになったことがある」
「…………ねえ、そのバイトの先輩って、女の人?」
「え……えっ?」
いきなり何を言い出すんだ、この人は。
「いや男性だけど」
「……そ、そっか」
なにやらほっとした表情のカズハ。
「とにかく、ゲームとはいえかなりリアルに近いから油断したり、ふざけたりすると本当に死んでしまうぞ」
「……べ、べつにふざけてるわけじゃ……ごめん」
「いや、謝らなくていいけど、ちゃんとしてくれれば……あ!」
「……え、何?」
「リアルすぎてたまに忘れそうになるけど、これ、ゲームだった!」
「……いや、そうだけど、今さらどうしたの?」
「水中呼吸の魔法! あれを使えば溺れずにすむ」
「……あ」
「少し戻ろう。少し深いけど流れの緩やかな場所があった」
◆
そして、カズハに水中呼吸用の魔法をかけてもらい、並んで川を渡り始める。
「……思ったより、水の勢いが強い。気を抜いたら、流されそう」
「現実でもこんなもんだよ。膝ぐらいの深さの流れでもかなり危ないぞ」
「……川を舐めていた」
「むしろ、このゲーム内の世界のほうが、よくできすぎていると言っていいくらいだ」
「……ネット小説でよくある、異世界だと思ったら ゲーム内だったみたいな感じ」
「さすがにそれは現実ではありえんだろう」
「……それは、どう、かな」
「またそうやって妙なからかい方を……いや待て、もしかして、会社からこのゲームについて口止めされてる?」
「……い、いや、このゲーム内世界がほんとに異世界だった、なんてことはないよ」
「そうじゃなくて、この世界がよくできすぎているって話だよ。とても1ゲーム会社の手によるものとは思えないくらいに」
「……じゃ、じゃあ、この世界は何だっていう、の?」
「落ち着け。カズハを責めているわけじゃないし、守秘義務とかあるなら無理に聞きはしない」
「……一応、本実装の際には公表される予定だし、会社発表前に漏らされるとまずいけど、内輪で話すくらいなら大丈夫」
プログラマー見習いと言ってたが、思ったより深く関わってる?
「こちらも聞いていることがある。後でゆっくり話そう」
「……ん」
慣れないせいか、カズハがバランスを崩してひやっとしたり、それを助けようとしてどきっとしたりすることはあったが、なんとか対岸にたどり着いた。
川から上がると、再びカズハに話しかける。
「たぶんまた中ボス戦があるだろうから、その前に相談がある」
「……ん。何でもする」
「いやまだ何も言ってない。っていうか安易に何でもとか言うなよ」
「……で、何をすればいい?」
俺の発言をスルーして、真顔でそんなことを言うカズハ。妙なからかい方はやめてほしい。
「今後の育成方針について相談に乗ってほしいだけなんだが、当分ふたりだけのパーティーだろうし、職業とかスキルとか、考えたほうが良いんじゃないか」
「……βテストなんだし、ゲンの好きなようにしていいよ。何かあればわたしがカバーする」
さっきみたいな、カズハの苦手な虫系モンスターも多そうだが、どこまで大丈夫なんだろう。
まあいいや。いざとなれば逃げればいいし、最悪死に戻りでもいい。
「じゃあ、同じ戦士でもカズハは攻撃特化みたいだから、俺は防御特化のスキル構成でいいか?」
「……ん。じゃあ、ボス戦はわたしも戦士をやる」
しばらく、お互い自分のガイドフォンをいじって、職業やスキルを変更する。
カズハのお古である[鉄の盾]をもらって装備する。
「盾のスキルとか、主に防御用のスキルをいくつか取った」
「あと、【応援】も取ってほしい」
「えー? ふたりで応援合戦するの?」
「……同じパーティーだから」
微妙に答えになってない気がするな。
「それ、戦士のスキルだったか?」
「……ううん。誰でも取れる一般スキル」
「【ウォークライ】を取ったから同じようなスキルはいいんじゃないか」
「……同じじゃないよ。重ねがけもできるし、【応援】は仲良し度が上がったら効果も上がるし、応援すればさらに仲良し度も上がる」
いま仲良し度どれぐらいあるんだろう。
「いまちょっとスキルポイント余裕ないからまた近いうちに」
「…………ん。それで、こっちは戦士に転職した」
「格好変わってないけど」
「……本装備は鎧だけど、ラッピングで神官装備にしてる」
まあ、殴りアコ……鈍器で戦う侍祭なんて言葉も聞いたことあるし、格好だけなら問題なんだろうけど。
「それ、もしかして……」
「……ん。ゲンが似合うって言ってくれたから」
「ああ、うん」
喜んでくれるのはいいんだけどなあ。現実世界で似たような発言したら、ずっと同じ服を着てそうでこわい。
戦闘準備ができたので、草原に近づく。
先日川を下った時には気付かなかったのだが、川の対岸から上流に向かう道の先で、死角に入っていたようだ。
「……これ、麦?」
「ああ、小麦だな」
それじゃあ、と俺たちは顔を見合わせる。
「……これで麦茶が飲める」
「これで醤油が作れる」
「「え……?」」
相変わらず微妙に相性が悪い。
「いや麦茶の材料は大麦だからな」
「……ゲンだって、パスタとかうどんとかパンとか言わなかったでしょ」
「パンはバターがいるし、パスタやうどんは醤油があったほうがいいだろう」
そういいつつ麦畑、いや、麦の草原を見回す。
「これ、誰かが栽培してるとかではないよな」
「……結構、荒れてるみたい」
「確かに、放棄されて麦だけ残っているように見えるけど、他の草が入ってきたり森に遷移したりはしないんだろうか」
草原のなかで、何かが動く音がした。
水面からのぞくサメの背びれのように、草むらの上に何者かのたてがみらしき毛の塊が見えた。それは麦をかき分けながら、こちらに向かってくる。
バッタのボスかと思ったが、獣系のようだ。
「何を作るかは後でゆっくり考えよう」
「……ん」
まずは、ボス戦だ。




