第50話 夏と太陽とサンオイル
「「じゃん、けん、ぽん!」」
俺の右手がグー、カズハの左手はパー。カズハの勝ちだ。
俺もカズハも、海でやりたいことはまだまだ色々あったのだが、そろそろ森の拠点に帰るということになった。
そして今日の最後にひとつずつやりたいことをやることに。
その続きは、またファストトラベルができるようになってからだ。
「……というわけで、アイテムのテストをする」
先攻のカズハはそう言うと、ビキニの腰の横あたりに手を触れ、小ビンをふたつ引っぱり出す。
「おい今それどこから出した」
「……ガイドフォンとホルダーが非表示になっているだけ」
「ああ、そう」
なんでそんな紛らわしいことを……。
「で、これがサンオイル、こっちが日焼け止め」
いや世界観……。
「サンオイルって、日焼けをするためのものだったか?」
「……ううん。私もこのゲーム始めるまでよく知らなかったけど、サンオイルも日焼け止めの一種で、火傷防止して健康的に肌を焼くためのものみたい」
「ゲームで知ったのか……」
まあ、この人らしい、と言えるかもしれん。
「……で、このゲームだと、サンオイルを塗ると色黒に、日焼け止めを塗ると色白になる」
「待て。それはサンオイルとかの効果をあきらかに超えてるだろ」
「……あと、サンオイルで攻撃力が、日焼け止めで防御力が一時的に少し上がる」
「その付加効果、必要?」
「……ゲームだから」
そしてカズハはビキニの胸元に手をやると、そこからずるずるとレジャーシートを引っ張り出す。
「おおい!?」
「……ポーチが非表示になってるだけ」
「あ、そう……」
ポーチにしては場所おかしくない?
ちなみに、このゲームにおける非表示とは、単に見えないだけでなく、他人には触ることもできなくなるらしい。
そして砂の上にシートを敷いたカズハは、その上にうつ伏せに寝そべる。
ちょっと待て。その展開はまさか。
「……塗って……?」
や、やっぱり、そうなるか。
「『カズハは、サンオイルを使った!』とかじゃだめなのか?」
「……ダメ」
…………。
しょうがないな。
いつも世話になっていることだし、ちょっとぐらいサービスしても……。いや……これ、本当にサービスになるんだろうか。
また余計なことを考えつつ、サンオイルのキャップを外す。
ええと、サンオイルなんか現実でも使ったことないんだが。
まずはカズハの背中にサンオイルを数滴垂らして……。
「にゃあ!?」
カズハが驚いた声を上げ、飛び起きる。
あれ、俺なんかやっちゃいました?
「……冷たい」
「あ……ごめん」
「……ゲンって誰かにサンオイル塗ったりしたこと…………ありえないよね」
「いやまあその通りだけどさあ、もう少し言い方を……」
一応女性恐怖症だから、それで間違ってはいないが。最近この人とはある程度普通に触れ合えているが。はて、女性恐怖症も改善しつつあるのだろうか。それとも……。
「……まず、手の手のひらにオイルを取り出して、両手をすり合わせて塗り広げるの。少し手で温めながら、薄く塗りやすいように、手のひら全体に広げる」
そういうの、どこで覚えるんだろう。俺には縁のない世界だったが、この人は誰かに塗ったり塗られたりしたことがあるのだろうか。
……ん……? 何だろう。何かが引っかかる。
「……ゲン?」
「あ、ああごめん。慣れてないから、ちょっと緊張してる」
言われた通り俺は、両手のひらにオイルを伸ばす。そしてオイルは最初に俺の両の手のひらを小麦色に変え……。
「ん?」
そこからさらに、手の甲、手首、前腕と、俺の体が小麦色に侵食されてゆく。
「おい、ちょっと待て」
これ、俺がサンオイル使ったことになってる?
「……あ」
カズハはおもむろにガイドフォンを取り出し、こちらに向けてシャッターを切った。
「おおい!?」
いきなり人の写真を撮るなよ。俺だからまだいいけど。それとフラッシュはオフにしろ。
っていうかその写真どうするつもり?
「ところで、背中にかけられたカズハの方はどうして効果出てないの?」
「……かけられたゆーな。たぶん、つけるだけじゃなくちゃんと塗らないとダメなんだと思う」
「また妙な設定付いてるなあ」
「……設定ゆーな」
で、ちゃんと塗るってどうするんだ。
「……じゃ、さっきの続き」
そう言うとカズハは立ったまま背を向ける。
「ん……じゃあ、失礼して」
彼女の背中に残っていたサンオイルに触れ、右手のひらで塗り広げる。
「……んぅっ……」
「ちょっと待て変な声出すな」
「……ごめ……私もこういうのははじめてだから」
そ、そうか。はじめてなのか。そ、それはともかく。
手の震えをおさえながら、下に流れるオイルをすくい上げるように上に塗る。折り返すように手を腰の方へ。あまり下までいくとセクハラになりかねないので、腰の上の方で止める。
「……ゲン」
「一応、1往復で完了したみたいだな」
つい先ほどの俺のように、背中から広がった小麦色がカズハの全身へと広がってゆく。
それをぼう然と眺めていたカズハは、ぽつりとつぶやく。
「……これは致命的な不具合。運営に文句言ってくる。ゲンは好きなことやってていいよ」
「致命的?」
俺の言葉に答えることもなく、カズハの姿が消えた。
そのまま俺は一人、砂浜に取り残される。
で、この効果、いつまで続くの?
っていうか、1アルバイトが運営に文句とか言えるもんなのか?
まあいいや。まだベータテストのバイトは時間があるし。
釣りでもしよう。
◆
しばらくは真夏の太陽の下、サバとかアジとか、食べられる魚を釣っては食糧庫アプリに放り込むのを繰り返していた。
もうすぐ森に帰るから、当面の食糧を確保する必要がある。
あっちは今のところ、畑の作物と森の植物しか食材がないからな。カズハが肉を食べたがっていたが、獣とか鳥とか狩ることを考えよう。
熱くなったら海に飛び込み、海底に落ちているものを探す。
ヒトデとか貝殻は拾えたが、素材としてはあまりいいものではないようだ。
海から上がると、カズハも帰って来ていた。
「早かったな」
「……修正、終わった」
「ええっ? ここの運営、ずいぶん仕事が速いな」
この件に関して、よっぽど大量のクレームが来たのだろうか。
「……だから、もう一度、塗って」
「わ、わかった、わかったから、もう少し離れて」
というわけで、俺はカズハから微妙に目をそらしつつサンオイルを塗る。同時に、触れたらまずいところに触れないように気を配りながら。
ああ、緊張する。
今頃ほかのテストプレイヤーたちも、みんな浜辺でこんなことをやってるのかと思うと……。
深く考えないことにしよう。
「……じゃあ、交代」
俺の方は、時間経過のせいか、海に潜ったせいか、肌の色はすでにもとに戻っていた。
「いや、ちょ、ちょっと待って」
◆
結局、ドクターストップ寸前までサンオイルを塗られて、なおも名残惜しそうなカズハを残してログアウトした。
明日から、俺は別のバイトでゲームにログインできない。次に会えるのは、4日後。
なんだかそれが、寂しくさえ思える。
少し前までは、女子とアルバイトとか考えられなかったのに。
実際カズハには、呼吸困難とか貧血とかを起こさずに触れ合えてはいるが。
それは、あの世界がVRゲームで、現実とは異なるからなのか。
もしくは彼女だけが特別で、他の女性は今までどおりなのか。
そんなことを考えていて、ひとつの可能性が頭に浮かぶ。
俺が女性を恐れるようになったのは、小学校の頃のいじめのせい。
女性教師にも思うところはあるが、俺に今も消えないトラウマを植え付けたのは、小学生女子だ。
そのまま中学生、高校生と引きずって、最低限の会話くらいはできるようになったと思っていたが……。
俺が恐れているのは小学生女子であって、高校生女子は対象外かもしれない。
……………………。
いやいや待て。
それはさすがにまずいんじゃないか?
今回で第3章は終わり、次回から第4章です




