第47話 ファイティング・イン・ザ・レイン
バショウカジキ型モンスター、メイジマーリンが呼び寄せた入道雲は、夏空をあっという間に灰色に塗り変えた。
すぐに雨が降り始め、1分と経たずに土砂降りになる。
夕立と呼べばまだ風情があるが、まだ昼間だし、今で言うとゲリラ豪雨というやつだ。
「……雨に踊れ。【相合傘】」
カズハはウォーハンマーを仕舞い、以前見た傘型の武器を取り出す。これも武器種としてはハンマー扱いらしいのだが、どう考えてもネタ武器だよな。
――天候が大雨になりました――
――木行のレベルが一時的に上昇します――
――期間限定で、使用可能な魔法が増えます――
「木行? 水行じゃなくて?」
「……水生木。草花に水をあげると育つように、水行は木行の力を高める」
別の五行の力を弱める五行相剋とは別に、力を高める五行相生というものもある。
「まあそうだけど、水行は何の影響もないのはおかしくないか」
「……何の影響もないわけじゃないけど」
そう言うとカズハは、左手に装備した傘を右手で指差す。
「……これ、カサだから、天候が雨の時は性能が上がる」
「それは武器の特性じゃないか。五行説のシステムとは違うだろ」
「……まあ、そう言うルールだから」
上空を泳ぐメイジマーリンを見あげながら、カズハの声を聞く。
現実世界の法則に加え、魔法の設定まですべてをゲームに落とし込むのは無理だろう。
「それはさておき、新しい魔法だが……」
俺はガイドフォンから、木行の魔道書を取り出す。それはいつもと違って、ぼんやりとした緑色の光をまとっていた。
「……だ、大丈夫?」
「ああ、ちゃんと『予習』はしてきた」
「……じゃ、わたしが前衛やるから、またゲンのかっこいいところ、見せてね」
「え?」
彼女が何のことを言っているのか、俺にはよくわからなかった。
それでも、上空を泳ぐメイジマーリンがその身をくねらせたことに反応し、俺は叫ぶ。
「来るぞ!」
「……ん」
メイジマーリンは上空から急降下、俺に向けて迫る。
そこに、傘を広げたカズハが立ちふさがった。
バシッ!
傘の向こうで、衝突音が響く。
メイジマーリンが槍を横薙ぎに振るったのだ。
実際、カジキは餌の小魚を狩るとき、こうやって吻で打ちすえて動きを止める。
「カズハ!」
「……大丈夫。ダメージはない」
この傘、初めて見たときは完全なネタ武器と思ったが、実は攻防一体の高性能武器なんじゃないか?
「蔓草よ、絡め取れ。【クリンビングヴァイン】!」
新しく使えるようになった呪文を唱える。
地面からツタのような草が生え、魚体に絡みつく。
「今のうち!」
「ん!」
カズハは短く答え、傘をたたんで剣のように振り下ろす。
俺は一瞬考えて、MP節約のため魔道士装備の杖で殴りかかる。
ふたりの攻撃で、敵のHPバーは5分の一ほど減る。やっと攻撃がまともに通った。
カズハがさらに追撃を加えようとするが、蔓に抑え込まれていたメイジマーリンは激しく暴れまわる。
ブチブチと蔓の千切れる音が聞こえてきた。それほど強力な魔法ではないのは確かだが、拘束時間は思った以上に短いようだ。
距離を取った俺たちの目の前で、メイジマーリンはまた曇天の空へ舞い上がる。
俺が魔法で作った蔓草を何本か、その身に巻き付けたまま。
だがその隙に、使えるようになった魔法は、流し読みながらちゃんと確認できた。
もうひとつ、一時的に使えるようになった魔法を使う。
「綿毛よ、舞い上がれ。【フライングフラフ】」
メイジマーリンに絡みついた蔓のひとつに、小さなつぼみが生まれる。
それは一瞬で成長し、タンポポのような黄色い花を咲かせ、そしてはかなく散った。その後に残された白い塊は、雨の中でもふわりと膨らんで綿毛となる。
「風よ、わが敵を押し退けよ。【ウインドブロウ】」
新たに使えるようになった魔法には、こんなものもある。
五行説の木行は、その名の通り植物、そして生命の力を借りる魔法であるが、実はそれだけではない。風も木行に含まれるもののひとつだ。
魔法で吹き飛ばした綿毛はそのまま、上昇気流に乗って高く舞い上がる。敵が呼んだ入道雲――積乱雲も上昇気流を生んでいる。
蔓でつながれたメイジマーリンよりも、さらに高く。綿毛は、昇ってゆく。
俺も魔力をさらに送り、蔓をさらに伸ばす。
続けて、別の攻撃魔法を撃つ。
「宿り木よ、矢となれ。【ミストルティン】」
上空のメイジマーリンの体を、木の矢がかすめる。
与えるダメージは微々たるものだが、攻撃を嫌ったかメイジマーリンはさらに高度を上げる。
「……ゲン。それじゃ、魔法が届かなくなるよ」
不安げなカズハの声が届く。
一瞬、メイジマーリンの上に文字が見えた気がした。
何かの魔法かスキルを使ったと思われるが、この距離ではよく見えない。
「痛っ!?」
肩や頭にごく軽い痛みが走る。
「……【ニードルレイン】。雨に攻撃力を与える水行の魔法。こちらの魔法はもう届かないけど、向こうは……」
「そうか。雨だから縦方向なら距離は関係ないのか」
「……何とかして低いところに落とさないと」
「いや、もっと上空に上がってもらう方がいい」
「……ゲン? それは、一体……?」
「一旦、四阿まで逃げよう」
「……ん」
上空を警戒しながら、カズハと並んで走る。
「綿毛の魔法は知ってるだろ」
先ほど俺が使った【フライングフラフ】の魔法のことだ。
「……あれは……単なる観測気球みたいなもの。レベルが上がったら……初級の使い魔的な運用もできるようになるけど」
「カズハも言ってたじゃないか。このゲームには無限の可能性があるって」
「……で、でも、観測気球に何の可能性が……?」
カズハがさらに俺に近づき、見上げてくる。
「避雷針」
「……ひっ!?」
俺の言葉に、カズハが悲鳴にも似た声を上げる。
何だろう。俺のいいところが見たいとか言ってたのに。
いや、不安ですらなく、もしかしたら恐怖の方が大きいように思える。
「カズハ? 本当に大丈夫なのか? もし怖いなら」
「大丈夫」
俺の言葉を遮るように、カズハが声をあげた。
そのまま、四阿の屋根の下に駆け込む。
「なら、最後の魔法を手伝ってくれ」
「……え……? これ、使えるの?」
木行には、植物だけでなく風、そしてもうひとつ、雷も含まれている。それはカズハも知っているはず。
「ああ、俺とカズハと、敵だけどメイジマーリンが呼んでくれた入道雲――つまり雷雲と大雨の力まで借りて、何とか使えるようになった」
「…………」
魔道書を開き、カズハと並んで読み上げる。
「「雷雲よ、天と地を結べ。雷霆の鞭で、わが敵を討て。【ライトニングフォール】」」
詠唱とともに雷雲が白く輝き、光の柱が雲から伸びた。
そして、天と地をつないだ輝きが、メイジマーリンを飲み込んだ。




